あの時、一番好きだった君に。-恋恋し編-
大学3年:秋

8. Happybirthday


 秋も深まり、日中汗をかく回数も少なくなった。日が落ちるのも早くなり、朝晩は少し肌寒い。暑い日はまだ続いてはいるが、そのうち『すっかり寒くなったね』なんて言いそうな気がしている。
 衣替えで長袖を引っ張り出したが、枚数を見ると心もとない。どこかで買いに行かなければ。

 送別会の後、航河君は、きちんと相崎さんに早瀬さんの件を報告してくれた。別に、早瀬さんをどうこうしたいわけじゃない。異動先で同じことをしないように、という気持ちからだ。今の店は、比較的流してしまって大事にしない人が多いと思っている。だから、許されてきた。だが、次のお店はそうとも限らない。

 相崎さんも困った顔をしていたようだが、ちゃんと話を聞いてくれたようだ。それが理由かどうかは分からないが、早瀬さんから電話は掛かってこなくなった。――一度だけ、早瀬さんが異動した後、寝る前に携帯を触っていたらかかってきたのだ。本当に寝る直前で、なんなら半分もう寝ていたと思う。そしてまた、うっかり取ってしまった。

 その時は、当たり障りない会話で終了した。新しいお店のことと、引っ越しのこと。そして、『また飲みに行けたら良いね』の言葉の後、私の返事も聞かずに『それじゃ』と言って切った。いいえの返答を聞かないための措置なのか、荒々しい最後にビックリしたが、そこからはもう来ていない。一応、平和が来たと思っている。

 そんな早瀬さんがいなくなってからしばらく経ったが、まだ新しい人はお店に入ってこなかった。早瀬さんのいなくなる少し前に、引継ぎをするような相手も見つからず、代わりに同じタイミングで行くはずだった佳代さんが残ってくれていた。

「ホールの仕事もしてもらえて、ほんと助かります……」
「良いの良いの! 何でも出来た方が、向こうに行って困らないでしょう?」

 そのお陰で、佳代さんと話す機会も増え、バイトへ行く楽しみが増えたのだ。まるで姉が出来たような気分である。授業の関係で少し平日昼間にもシフトを入れるようになった私は、代わりに航河君と顔を合わせる機会が減っていた。休みの日は相変わらずだが、平日は昼間の方が入れる人も少なく、相崎さんにも頼まれるため入れる時は入るようにしている。その結果、必然と平日夜のシフトは減るのだが、それでもまだ週に何回か被ることが常だった。

「そういえば、私結婚するのよ」
「えっ、そうなんですか!? おめでとうございます!」
「うふふ、ありがとう。今頃は新店舗に行っているはずだったし、この話もしないままの予定だったんだけどね。1週間くらい、新婚旅行でお休みしちゃうから。こっちのお店の子にも、伝えておいた方が良いかなと思って」
「楽しんできてくださいね! あ、ちなみに、どこに行くんですか?」
「定番のハワイ!」
「良いなぁー!」
「お土産買ってくるね?」
「やった! ありがとうございます! それで、式と旅行はいつに……?」
「再来週よ」
「え! そこそこすぐじゃないですか!」
「そうなのよ。……あ、良かったら、千景ちゃん二次会に来ない?」
「結婚式の、ですか?」
「そうそう。式は朝からだから、二次会も早めにやるの。何人か会社の日とも呼んでるんだけど、このお店の人達も、せっかく一緒に仕事させてもらったから」
「それ、私が行っても良いんです……?」
「もちろんよ! 来てくれたら嬉しい!」
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
「ありがとう! 詳細はメールで送るわね。あ、でも、千景ちゃん、知っている人いないかもしれない……」
「……社会人の方ばかりですよね。」
「そうね。だから、もう1人くらい誘おうかしら。千景ちゃんは、誰が良い?」
「私は誰でも……」
「千景ちゃんと仲が良いなら、広絵ちゃんか、航河君?」
「あはは、その2択かもしれないですね」
「シフト見てみるわ。――お客さんも来たし、また後でね」
「あ……はいっ!」

 身内以外の結婚関連のイベントに参加するのは、これが初めてだ。

(粗相のないように色々調べておかなきゃ……)

 佳代さんは面白いお姉さんだ。笑顔が可愛くて、仕事も出来る。一緒に仕事をするのは安心感があるし、私より後に入ったはずなのに、その辺は大人の貫禄という奴だろうか。

 休憩から戻った時、再度佳代さんに声をかけられた。

「お疲れ、千景ちゃん」
「お疲れ様です!」
「あのさ、シフト確認したんだけど、広絵ちゃんはバイト入ってるみたい」
「あれ、そうなんですか?」
「うん。で、航河君の方は休みになってた」
「……ということは、航河君と?」
「空いてるかどうか、聞いてみてくれない? 私が言うと、社員だし用事があっても断りにくいかなって思って……」
「分かりました、聞いてみますね」
「ありがとう! ごめんね、面倒なことお願いしちゃって」
「全然! 大丈夫ですよ」
「今日が金曜日でしょ? 日曜くらいには返事貰えると助かるんだけど……」
「せっついてみますね」
「お願いします!」

 佳代さんは入れ替わりで休憩に入ったようで、その姿を見送った。

(……航河君、今日デートかな……?)

 今日、航河君はシフトが入っていない。

 彼の誕生日だった。

 私はと言えば、しっかり0時ちょうどに誕生日おめでとうのメールを送った。……その返事は未だに無い。
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