あの時、一番好きだった君に。-恋恋し編-
(やっぱデートだよね……。シフト入ってない誕生日で彼女いるなら、デート一択じゃん)
返信は諦めて家路へと着く。最近は外食が増えていたため、今日は自炊するつもりでスーパーによると、食材を一通り購入した。引っ越しの際、一人暮らしには大きな冷蔵庫にしたため、作り置きや冷凍保存も活用している。インスタントラーメンや乾麺、缶詰も常備しており、まったく何もない……ということは滅多に無いが、メニューを考えながらする買い物もそれはそれで楽しいものだった。
「さてさて。こっちは冷蔵庫、これは……納戸で良いかな? 冷凍保存はまだ良いよね、飲み物は……」
購入品をしまっていく。実はこの作業はめんどくさい。ひとつひとつ、どこに入れるか、忘れないようかつ見やすいようにしまわなければならない。
廃棄品を作るのは、独り暮らしの身としては非常にもったいない。出来るだけ、保存に回したとしても買ったものは食べ切るようにしていた。
ヴーヴヴ、ヴーヴヴ――。ヴーヴヴ、ヴーヴヴ――。
「ん? 誰?」
机の上に置いた携帯が鳴っている。
ヴーヴヴ、ヴーヴヴ――。ヴーヴヴ、ヴーヴヴ――。
「……え? 航河君? 何で?」
こんな時間デートじゃないのか。そう思いながら電話を取った。
「……もしもし?」
『もしもし? 千景さん?』
「もしもし。イキナリどうしたの?」
『バイト終わった? 今日、この後暇だよね?』
「は? 今日? 今日って、もう17時も過ぎたけど」
『暇だよね?』
「……何で?」
『俺今日誕生日なの』
「……知ってる。おめでとうって、メールしたじゃん」
(まだ返信来てませんけどね)
『彼女が仕事なの』
「……」
『だから独りなの。祝って。ね?』
(……え? 航河君独りなの……? 美織さんとのデートは……?)
驚いた。てっきり、デートだと思っていたのに。
「……はぁ。今から? 帰り遅くなるの嫌だよ?」
『うん、えっと、シャワー浴びてから行くから、ちょっとかかる』
「……準備まだなのね」
『カッコイイ俺の方が、千景さんも良いでしょ?』
「そんなんどっちでも良いから、早く準備してください」
『はぁい』
(そのままでもカッコイイっていうのに)
自分が良いと思うものと、相手が良いと思うものが、必ずしも一致するとは限らない。私は準備完了の連絡を待たないまま家を出た。
誕生日には絶対に会わない……会えないと思っていたから、誕生日プレゼントをまだ用意していなかったのだ。幸いにも、航河君から指定されたお店は、自宅からそう遠くはなく、かつ、周りにショップの多い立地だった。
(……何が良いか分かんない……。え、どうしよう……)
お店の最寄りの駅に着いた頃、航河君から準備完了の連絡が来た。ありがたいことに、店の予約はしてくれたらしい。お店自体は19時で予約しているようで、まだ時間には余裕があった。
(取り敢えず、何か……)
決まらないまま、ウィンドウショッピングの時間だけが過ぎていく。
(……あ)
そういえば、最近コーヒーと紅茶にはまっていると言っていた気がする。飲み比べるのが楽しいと。私は輸入雑貨のお店に入ると、ころんとした丸みのある大き目のマグカップに、コーヒーと紅茶を幾つか見繕って購入した。
(ドリップにティーバッグなら賞味期限も長いし、手軽に飲めるよね。最悪、航河君のおうちの誰かが飲んでも良いし……マグは残っちゃうけど、消耗品だし良いでしょう)
プレゼント包装をしてもらい、袋ごとバッグに入れた。今日は大きなトートバッグにして良かったと、心から思う。航河君にはお店を見ているという連絡を入れ、急いでへと戻る。すると、駅の入口に見知った人影が見えた。
「あ、千景さん、お待たせ」
「はいはい、待ちましたよ、と」
「ゴメンね、まぁでも、カッコイイ俺に免じて許して?」
「ちょっと何言ってるか分かんないから行くよ」
「あ、待ってよー」
(知ってるよ、そんなの)
……プレゼントのことはまだ言わない。暗めの店内の中、通されたのは個室だった。
「彼女さん、仕事だったんだね」
「そうなの。前々から言ってあったはずなんだけどなぁ」
「急に決まったの?」
「うん。シフト空けた話したら、『その日はどうしても外せない。ゴメン』って」
「よっぽど大事な日だったんじゃない? 重役が来るとか、辞める人の引継ぎがその日しかないとか」
「それでも、俺は悲しいよ」
「気持ちは分かる、けど。埋め合わせ、してくれるんでしょう?」
「多分。約束はした」
「それなら、うーん。まだ良かった、じゃん? 悲しいのは悲しいよね。話ししてて、約束? してたわけだし。……まぁ、今日は飲みなよ」
社会人と学生では、予定の立て方が難しい部分もあると思う。仕事に穴があけられない――なんて日も、往々にしてあるだろう。
「やけ酒します」
「……飲み過ぎないようにね?」
今日が誕生日だから、お酒も解禁である。――もっとも、解禁する前から飲んでいたが。
「俺やっぱ梅酒好き」
「私はカシオレかな、梅も好きだけど。柚子も美味しいね」
「分かる! 甘酸っぱくて、それでいてさっぱりしてる!」
「そうそう。飲み易くて良いよね」
「ねー」
航河君とは、話が合う方だと思う。これだけよく喋る男友達も珍しい。出逢ってからそんなに経っていないが、月並みな言葉だが昔から知っている友人のようだった。
鶏の軟骨をつまみながら、バイトのこと、学校のこと、友達のこと、色々話した。
最近はまっているゲームや漫画、好きな歌の話も。