あの時、一番好きだった君に。-恋恋し編-

 「――皆様、お待たせいたしました! 新郎新婦のご入場です!」

 司会の人のトークの後、ついに佳代さんが現れた。入場曲に合わせて、みんな手拍子をしている。

「……綺麗……」

 照れくさそうに笑う2人は、とても幸せそうに見えた。佳代さんはディープブルーのシックなドレスを着て、新郎さんはグレーのタキシードを身につけていた。
 佳代さんの手には小ぶりだがハート型のブーケが握られており、ドレスと色が合わせてある。

(はぁぁ……凄いなぁ……)

 割れんばかりの拍手に、『おめでとう』の言葉が響く。

(綺麗だな、恥ずかしそうだけど、幸せそうだな。佳代さん、素敵だな……)

 ゆっくりと、会場の中央に敷かれた絨毯の上を、まっすぐに歩いて行く。私はただただ、その空気と佳代さんの姿に感動していた。

「綺麗だよね、佳代さん……」
「普段と全然違う。流石結婚式の二次会」
「あのドレスも似合ってるし、ブーケも可愛いし」
「……なかなか良いセンスしてるね」
「凄い良い顔で笑うよね。幸せなんだなぁ、きっと」
「新郎さんのタキシードも、なかなか似合ってる気がする」
「並んでると、お似合い! って感じ」
「良い夫婦になりそうだよね」
「……ほんと」

 佳代さん自身、今まで接してきた中で思うのは、とても優しくて気立てが良いということだ。いつもニコニコしていて、ジョークを言って変顔までしてしまう。年上ではあるが、良い意味で緊張せずに話すことが出来る。彼女がシフトで困っていたら、何とかしてあげたいといつも思っている。
 ……が、それも、もうすぐ終わりだ。代わりの要因が見つかり、佳代さんは当初の予定通り早瀬さんのいる新店舗へと異動が決まった。急激に仲良くなった分、寂しくて仕方がない。連絡先は知っているから、いつでも連絡を取って会おうと思えば会うことも出来る。しかし、今までの気軽さはなく、性別が同じと言えど既婚者会社員と学生という壁は、思ったよりも高いものになってくるだろう。

(それでも会いたい人だから、連絡は入れてみよう! ……邪魔にならない程度に)

 佳代さんは最奥の中央にあるテーブルへ着くと、ニコニコと会場を見渡していた。

(あっ……!)

 こちらを見ている気がする。あまり目立たない方が良いとは思ったが、私は急いで佳代さんに向かって胸元で手を振った。それに気付いた佳代さんが、こちらに手を振り返してくれる。

(やった……!)

 佳代さんに気が付いてもらえた。これなら、新郎新婦の元へ挨拶をしに行く時も声をかけやすい。

「――本日は――」

 司会の人のトークが始まった。今日という日柄についてから、結婚式の話に、2人のプロフィール紹介に馴れ初めの説明。誰かが作ったのであろう思い出の詰まったムービーが放映され、友人代表のお祝いの言葉まである。

(こ、これは……。ほぼ披露宴と同じなのでは……!?)

 友人向けのアレンジはされているだろうが、なんとなく披露宴のソレを思い出す。最後に流されたビデオには、今日の結婚式の様子が映し出されており、そのシーンが終わるまで会場は静まり返っていた。

(幸せそうだなぁ……良いなぁ……)

 漠然とした高揚感に包まれながら、目の前の料理を平らげていく。コースのように出されていく料理は、私の目とお腹を十分に満たしてくれた。二次会だからもっと居酒屋系のメニューかビュッフェスタイルの食事だと思っていたのだが。

「美味しいね、このお店の料理」
「そうだね。オミさん達の作る料理も美味しいけど、身内ってイメージもあるから、『外でご飯食べてる!』って気分になる」
「あはは、それはあるかも」

 航河君も、どのお皿も空っぽにしていた。いつも残さずに綺麗に食べているから、流石だな、と思う。私も出来るだけ食べるようにしているが、多過ぎるものは諦める時もある。

 歓談の時間になり、一様に新郎新婦の元へと駆け寄っていく。笑顔で声をかけ、プレゼントを渡して、写真を撮る。

「……もう少し、人が減ってから行く?」
「そうしようかな。今行っても、なんだか負けちゃいそうだし」

 大人ばかりで気後れしている中、大勢の人が集まっているあの場へ行っても、なかなか前へは出られないだろう。ウロウロとテーブル付近で待つよりは、自席で待ってから行った方が良い気がする。

「……幸せそうだね、佳代さん」

 航河君が遠い目で2人を見ていた。

「……そうだね、本当に」
「……あー……良いなぁ……」

 ぼそっと呟くように、小さな声で航河君が言う。

(結婚……。まだ学生だけど、もう考えてるのかな?)

 ズキリ――と胸が痛んだ。航河君が今結婚を考えるとすれば、その相手は必然的に美織さんとなる。そうなれば、私に2人の間に入る余地はない。

「幸せが集まってる感じするよね」
「俺も結婚したーい」
「……美織さん、と?」

 触れたいような、触れたくないような。そんな気持ちのまま、核心をついた。

「そうだよ。俺頑張って稼ぐから、美織ちゃん家にいてくんないかなぁ? 異性と接触して欲しくないんだけどー……」

 既に何杯目か分からない、スパークリングワインを飲んでいる。目が座っているような、きっと、幾らか酔っ払っているのだろう。

(……これ、本音……だよね?)
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