あの時、一番好きだった君に。-恋恋し編-
聞きたいような、聞きたくないような。普段は飄々としている航河君の本音が、今なら聞けるかもしれない。
「あれ、でも、美織さんが男の子と出掛けても、気にしないんじゃ?」
お互いに相手と場所が分かっていれば、異性と出掛けても問題なかったはずだ。
「んー……だってさぁ? それか理由で別れたくないじゃん? 好きなような遊びに行きたいから別れよう、みたいな?」
「……そんなもん?」
「そーだよ? ほんとはもっと束縛みたいなのしたいけど、美織ちゃんそういうの嫌いだからさぁ。そりゃ許されるなら、他の人の目に晒したくないんですけどー」
「お、おぉ……」
(思ったより嫉妬深いのかも……?)
航河君の口から、こんな台詞が飛び出すとは思わなかった。
「あー……じゃ、じゃあ……。美織ちゃんが、『男の子と遊びに行かないから、こーちゃんも行かないで!』って言ったら、航河君も遊びに行くのやめるの?」
(……あっ! ちょっ! しまった……! 自分! 今の無し……!)
口から出した言葉は、もう取り消すことは出来ない。結果によっては、ダイレクトに大ダメージを受けそうな質問をしてしまった。……後悔しかない。
「ん……そうたなぁ。急には難しい気もするけど。……美織ちゃんがそういうなら、俺行かないかな」
「そ、そうだよね……」
(自分のバカ……!)
やはり、結果としてダメージを受けてしまった。興味本位で聞いてしまったが、実際に本人の口から告げられると辛いものがある。
「んんんー。でもなぁ」
「どうしたの?」
「……千景ちゃんと出掛けられないのは、ちょっと嫌だなぁ?」
(……神様!!)
その台詞に、顔が緩みそうになる。ニヤつかないように表情を作ると、私はドリンクを注文した。
「航河君、ちょっと飲み過ぎ?」
「……かも?」
「完全に酔いが回らないうちに、佳代さんのところ行こっか」
「あー、りょーかい」
呂律の回りに若干の不安を覚えつつ、連れ立って佳代さんの元へと向かう。
「佳代さん!」
「千景ちゃん! 航河君! 今日は来てくれてありがとう!」
そう言う笑顔が眩しい。
「ご結婚、おめでとうございます!」
「おめでとうございます」
「うふふ、ありがとう! 2人とも、その格好似合ってるわね?」
「ありがとうございます。悩んだけど、このワンピにして良かったです」
「俺は、成人式もあるんで」
「あ、そっか。航河君やっと成人式だっけ。……全然昔にあったみたいな風格だよ?」
「そうっすか?」
「うん。それに、なんか2人で話してると、熟年カップルみたいな空気出てる」
「ええっ!?」
「お店でもいつも思ってたけど。付き合ってるみたいに見えるくらい、仲が良いよね」
「そっ、そうです、かぁ……?」
佳代さんの言葉に、必要以上に驚いてしまった。自分が思う大人に言われるのと、同じ世代に入れるのとでは全然違う。
「2人とも、今日は楽しんで行ってね?」
「はい! あっ、これ、結婚祝いにと思いまして……。私と、航河君からです」
私は紙袋を佳代さんに差し出した。
「良いの? ありがとう! 嬉しいわ」
「お酒が入っているので、良かったらおふたりで」
「やった! 旅行から帰ってきたら、早速飲ませてもらうわね! お土産は、お店に持って行くから」
「こちらこそ、嬉しいです」
まるで子どものようにはしゃぐ佳代さんを、優しい目で見つめるご主人がいる。問いかけられて一緒に喜び、私達にもお礼を言ってくれた。
「あっ、余興でブーケトスあるから、千景ちゃんも参加してね?」
「えっ!? 私がですか!?」
「そうよ? キャッチしてね?」
(……ブーケって、受け取った人が次に結婚するのでは……?)
学生である自分にはまだ早い、が、あの可愛らしいブーケは確かに欲しい。
大きなケーキがカットされ、デザートとして配られる。それを頬張りながら、受付でもらった番号の書かれた紙を使う、抽選会に参加した。
「すご、千景ちゃん強運」
「まさか当たるとは思わなかった」
一等は海外旅行で、当選者が新郎新婦へそのままプレゼント……なんてことはなく、一等は人気ブランドのユニセックスな長財布だった。
(私今年の運使い果たした?)
なんとそれが当たったのである。
「縁起めちゃめちゃ良い気がする。使お」
好みにも合うお財布は、単純に嬉しい。その後航河君はコーヒーチケットを当て、ブーケトスへと移って行った。
「千景ちゃん頑張れ!」
「……私取れても、結婚相手いないんですけど……?」
「すぐ彼氏が出来るとか、そういうのでは?」
「それなら嬉しいっちゃあ嬉しいけどさ……。さっきので運も使い果たしただろうし」
(て、私は航河君が好きなんだよ……)
複雑な気持ちを抱えながら、他の女性陣に紛れて指定の場所へと立った。周りから、少しだけ外れた位置。
「それじゃあ、行きまーす!」
大きな声で佳代さんが宣言すると、可愛いブーケは宙を舞った。
(あああ――! 落ちちゃう――!)
私と他の人との間、その少し前に弧を描いて着地しようとするブーケに向かって、必死に手を伸ばした。――ブーケを落としたくはない。
「……っと……」
ポスリ、と、ブーケは私の手のひらの中に収まり、ワンテンポ遅れて盛大な拍手が鳴った。
「おぉ……マジで強運。……さて、相手は誰でしょうね?」
鳴り響く拍手にかき消されて、そう呟いた航河君の声は聞こえなかった。