あの時、一番好きだった君に。-恋恋し編-
有言実行で、雑貨屋へと足を運ぶ。ここのお店は、可愛い雑貨が揃っていた。荒んだ私の心を癒してくれる。
「あ、このクマかわい……いあぁクマ……」
不覚にも、水彩タッチのクマが描かれたノートを手に取ってしまった。好きなんだ、クマは。
(クマに罪はない……クマに罪はないんだ……)
手に取ったノートを棚に戻す。
きちんと私の好みを分かって買ってきているところが憎らしい。
「あーあ……。喜んで損したのか、別に気にしなくて良いのか……。全っ然分かんない」
嘘なら気にしなくて良い、むしろ私が彼女の設定だ――なんて話なら、笑って済ませられるだろう。そして、私はクマをみんなの前では出さないようにする。……嘘じゃなかったら、なんでこの3人でお揃いなんだと小一時間問い詰めたい気分だ。
――でも、わかる。相手はあの航河君だ。もし、本当に3人でお揃いだったとしても、『そこに特別な意味はない』だろう。
ちょうど良かったから。
お土産にぴったりだったから。
可愛かったから。
クマが好きだから。
私が。
美織さんが。
(あー、もー。……何か買って戻ろ)
クマはやめて、枕に埋もれるデフォルメされたハリネズミの、厚めのアクリルストラップを買うことにした。動物は大体可愛く見える。それにこのハリネズミ、全くやる気のない表情が堪らない。添えられた『働きたくないでござる』の一文にも作成者のセンスが伺える。
(他にもいっぱいあるな……このシリーズ、リピートしよ)
他にも種類は沢山あった。また買いに来ることを誓って、店を後にし職場へと戻った。
(……もう帰りたい……!)
それでも宣言通り、休憩時間を後5分ほど残して戻る。店に入ると、目ざとく航河君が、私の手にある雑貨屋の袋を見つけて話しかけてきた。
「その中身なーに?」
「……ストラップ」
早口にそう言って、ロッカーに財布と上着、買ってきたストラップをしまい、ホールへと出た。
今日は1日、航河君と同じシフトである。いつもなら一緒に帰れることをコッソリ喜んでいたが、あんな話を聞いてしまった今、とてもそんな気分にはなれなかった。
(私もあのストラップと同じ……働きたくないでござる……)
独りどんよりとした空気を背負いながら、黙々と仕事をする。何かしていなければ、ずっとクマのキーホルダーのことを考えてしまう。……一緒に仕事をしたい気持ちにはなれないが、仕事自体はあって助かったかもしれない。
「千景ちゃん? どうしたの? なんかお昼から元気ないよ?」
「んー……別に、何でもないよ? 気のせいじゃない?」
目も合わせず、テーブルを片付けながら答えた。
「いや、でも、普段よりも静かだし。……口数少ないし?」
「気のせいだって」
「ほんとに?」
「うん」
「ほんとのほんと?」
「そうだよ?」
こういう時の航河君は勘が良い。いや、単純に私が今態度に出しまくっているからかもしれないが。正直、あまり話しかけてほしくないし、今は黙々と仕事をしたい。
気になることが強すぎて時間の流れが遅いから、没頭して忘れて早く帰りたいのだ。
「なら良いけど」
諦めたように呟いて、航河君は自分の仕事へと戻って行った。
(早く終われ……! あ)
私は気が付いた。いつも、航河君と同じシフトの時は一緒に帰っている。もちろん、今日もそのつもりだった。何も言わなければ、航河君は私と一緒に帰ろうとして、待っているだろう。
(今日は一緒に帰る気分じゃないもの。帰るまでに言わなきゃなぁ)
そう思った私が、ようやくそれを切り出せたのは、全ての作業を終え、着替え終わった後だった。
「外で待ち合わせね。俺も着替えるから」
「あ……それなんだけど」
「どうしたの?」
「今日は、ちょっと用事があって」
「え? こんな時間から?」
「まぁ、うん……」
「お疲れ様です! あ、千景さん、そのストラップ面白いですね! 雑貨屋で買ったんですか?」
少し重たい空気が流れ始めたところに、掃除を終えた祐輔が入ってきた。
「うん、そうだよ。さっき付けたの。可愛いでしょ、この全然やる気のない感じ」
「良いですね。しかも、【働きたくないでござる】って、俺も欲しいです」
「まだ売ってたよー。他にも、色々と種類あったし」
「マジですか。俺も今度、行ってみようかなぁ」
祐輔も、こういうものが好きらしい。
「ステッカーもあったし、色んなとこに貼りたくなる」
「冷蔵庫とか貼りたいですね」
「あっ、良いねー!」
私と祐輔のやり取りを、航河君は黙って見ていた。
「あ、航河ー!」
「何ですか? 相崎さん」
「ごめん、おしぼりの在庫だけチェックしてから帰ってくれる?」
「分かりました」
(あ……行っちゃった)
店長に呼ばれ、航河君は少しだけ仕事に戻ったようだ。
私はそのまま、祐輔に挨拶をして店を後にする。
(別に、良いよね、たまには)
帰る時間を報告するのも、一緒に変えるべく待っているのも、別に義務ではない。私は航河君には何も言わずに、駅へと向かった。
普段帰る時とは、反対の道を行く。駅まで少し距離があるため、速足で歩いた。街灯やマンション、コンビニはあるものの、大通りに出るまでは人数も少ない時間だ。携帯を取り出して確認するが、特に航河君から連絡は来ていなかった。