あの時、一番好きだった君に。-恋恋し編-
(気にしちゃダメだよね)
ついつい、連絡がないかを確認してしまう。自分から1人で帰ることを選択したのに。
「あ、ばいばーい」
「……んん?」
自転車に乗った男の人が、こちらに向かって手を振って、そのまま通り過ぎて行った。
(え? 知り合い? ……そんな訳ないか)
その顔に見覚えはなかった。行ってしまったし、無視して駅への道のりを急ぐ。
「――ねぇ、ひとり? どこ行くの?」
(……えぇ!?)
先ほどの自転車に乗った男性が戻ってきた。まさかの事態だ。
「……」
「ねぇねぇ。駅? 駅に行くの?」
ツイていない。私はただ、前へと進んだ。
「彼氏いるの?」
「……」
「俺んちすぐそこなんだけど。来ない?」
「……」
「あ、連絡先教えてよ」
「……」
「名前はー?」
「……」
「可愛いよね、学生?」
「……」
(うげぇ、しつこい……)
無言の圧力で返しているつもりが、全くへこたれずに話しかけてくる。しかも、ぴったりと自転車のまま横について。……鬱陶しい。早くどこかに行ってくれないものか。
「あ、家に帰るなら、俺送って行ってあげるよ。家教えて。どこ?」
「あの、もう……」
「――あー、必要ないです。俺送って行くんで」
「え?」
振り向いたそこに、自転車に乗った航河君が停まっていた。
「何? ……彼氏いたの?」
私は何も言わずに、小走りで航河君の後ろへと隠れた。
「ごめんね? 他当たってくれる? 俺が送っていくから」
「チッ……。男いんのかよ」
男の人は、自転車に乗って来た道を戻って行った。
(はぁ……やっと行った……)
ほっと胸を撫で下ろす。無視したらどこかへ行ってしまうと思っていたが、全然だった。
「……で? 用事って、何? まさか、今の?」
呆れた顔で航河君が問う。そんな訳はない。用事なんて元々ないし、あれは一緒に帰らないための言い訳に過ぎない。今のナンパは、ただの事故だ。
「……違う」
「……別に、言わなくても良いけど。どうせ電車に乗るだろうから、駅まで送って行こうと思ったのに。いないんだもん」
「……ごめん」
「何か怒ってたでしょ」
「そんなことは……」
「絶対怒ってた。何? 俺何かした?」
――今は航河君が怒っている。声が低いし、苛々しているのがよくわかる。
(……ええい! この際だ、聞いてしまえ!)
「あのさ」
「何?」
「貰ったキーホルダー。……美織さんと3人でお揃いって、本当?」
「……本当」
「何で、お揃いにしたの?」
「何で……って。ちょうどピンクと水色と黄色で、3色あったから」
「……は?」
「いや、3人分で、ちょうど良いなって。それに、千景ちゃんピンク好きでしょ? 俺青好きで、美織ちゃん黄色好きだったから」
「そんな理由?」
「そんな理由って。……あ、もしかして、それで怒ってた?」
「なっ……! べ、別に」
「あんまり意図してなかった。お揃いってこと。ごめん。嫌だった?」
苦い顔をする航河君を見ていたら、私が悩んでいたことは杞憂だったのかと、そう感じた。航河君は別にお揃いだとかどうでも良くて、単純に私達3人の好きな色がちょうど揃っていたから買ってきたのだ。……そこに、特別な意図はない。
そう思ったら、この悩みは吹っ切れた気がした。
「ううん、嫌じゃない。嬉しかったよ、ありがとう」
「そう? 良かった」
「でもさぁ、カップルとお揃いって、普通ビックリするよ?」
「何にも考えてなかった、申し訳ない」
「はぁ、悩んで損した」
「悩んだの? 何を?」
「何でもない!」
航河君を置いていくように歩き始める。
「あ、待って」
「どうかした?」
「家まで送る。だから、あっち」
もと来た道を指差した。
「……歩くの嫌だ。ここまで来たのに」
「乗って」
「……はぁい」
結局、普段と変わらない帰り道になる。たまに一緒に帰らない選択をしてみたら、ナンパをされてそれを航河君に助けられる形となった。
「そういえばさー」
自転車を走らせながら、航河君が話す。
「なにー?」
「俺にはストラップの一言で終わるのに、祐輔にはちゃんと見せて他にもあったとか教えたわけ?」
「別に、特に意図はないけど」
「……ふーん」
「え? もしかしてヤキモチ?」
「あー、こーちゃん寂しいわー。千景ちゃんが他の男の子と仲良くしてるー」
「あーあ、私に彼氏が出来ないの、航河君がいるからだったりして」
「いつでも付き合いたい人教えてよ。告られた時も。こーちゃんがチェックするから」
「それだよ、それ! おかしい! 絶対!」
言いながら、航河君の背中をバシバシと叩いた。
「わ、あっ! 危ない! ちょっ、叩くのストップ!」
「だってさー」
「千景ちゃん、危なっかしいもん。変な人寄ってくるし。無防備だし」
「航河君が過保護なの!」
「いいや、そんなことはないね」
「ある!」
「なーい!」
「あるってば!」
「俺が見てるからなんとかなってるんでしょう? 早瀬さんの時も、さっきのナンパ男も」
「ぐ、ぐぬぬ」
「ほら、言い返せない」
「くそぅ……」
「……まぁ、もし、その時が来たら、ちゃんと言ってよ?」
「うん……分かってる」
「で? 用事は?」
「……ありません」
「この後カラオケね」
「えぇ!? なんでそんなに元気なの!?」
「いいじゃん。歌いたい気分なの!」
「はぁぁ……」
――なんてことはない。今日も、いつも通りだ。