黄昏色の街で
 ぼんやりと天井を仰いでから今夜も冴えない顔で晩酌をする。 濁り酒が私のお供だ。
今夜は冷ややっこにワサビ醤油を絡めてみた。 いつもはショウガ醤油を絡めるのだが、友達の勧めも有ってワサビ醤油にしてみた。
「ワサビも美味しいもんだぞ。 やってみろ。」 神奈川五月はそう言って笑っていた。
 いつもの醤油にほんのりと香るくらいのワサビを投入する。 少しピリッと感じるくらいがいいらしい。
豆腐を入れた丼に醤油を掛けてからテーブルに落ち着く。
物音もしない部屋で50過ぎのおっさんが丼を前にして溜息を吐いている。
「今夜もまあまあ無事にこの時を迎えられたんだ。 感謝してるよ 母さん。」 仏壇にチラッと眼をやってから箸を取り上げる。
豆腐を刻みながら遠いふるさとで暮らしている妹のことを思ったりする。
「あいつも44になるんだ。 そろそろいい加減に落ち着いたかな?」 私とは違って活動的というのか、尻が軽いというのか、妹は賑やかな世界が大好きだ。
私がこの町に引っ越した時、妹の早苗は中学生だった。
あの頃はまだおとなしいほうだったが、社会人になったとたんに遊び回るようになってしまった。
借金だって返せなくて私が立て替えたことも有る。 その後は何の連絡も無いけれど、、、。
 豆腐を崩しながら時計を見る。 何事も無かったように同じリズムで時を刻んでくれている。
 明日もまたいつものように同じ時間に起きて、同じ時間の電車に乗り、同じ時間に会社に入って同じ時間に帰ってくるのだ。
ある意味で平和で、ある意味で何事も無く、ある意味で何の刺激も無い真っ平らな生活をただ命じられたように繰り返すだけである。
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