黄昏色の街で
 これまでにはもちろん、好きだなと思う女性は居た。 明らかに私のことを気にしていると思われる女性も居た。
それなのになぜかお互いに接近することを拒んでいるように離れてしまった。
 私も幾度か部署を替えたし、相手方が結婚して退社したりである。
なんとか声くらいは掛けたかったのだが、どうしても叶わなかった。
それで気付いたら50も半ばに達しているというわけなのである。
適当に酔いも回ってきた私は隣室に敷きっぱなしの布団に体を投げ出した。 頭の上では心細い豆球が細い光を投げてくれている。
辺りに物音らしい物音は無い。 電車通りからも離れているし、道路もそんなに大きくはないから。
 この家でもう何年暮らしているだろう? 古い家だから安く借りたんだ。
人の噂では幽霊が住んでいるなんて聞いたことも有ったけれど、古いが故の噂であって私は未だに会ったことが無い。
人に寄れば「あんな者は会わないほうがいい。 会わないに限る。」と言う人も居るけれど、、、。
 夏になると心霊特集とかっていうのをやったりするだろう? 私も見たことは有るのだけれど、何も感じなくて面白いとさえ思わなかった。
これも人に言わせると「お前さんは幸せ者だねえ。 あんなのは楽しんで見る物じゃない。 見ないほうがいいんだよ。」なんて言われたっけ。

 翌朝、6時前に目を覚ました私はまず風呂を沸かす。
酔いを醒ましたいわけではない。 昔からこうなんだ。
夜に風呂へ入ると疲れているからか寝てしまって体を洗うことすらおっくうになってしまうんだ。
それで朝風呂に変えたんだが、こうするとやけに気持ちがいい。 頭もすっきりしてしまって「さあ、やるぞ。」って気になる。
企業戦士とまでは行かないが、やる気が出てくるんだ。 たまに勢いに乗りすぎて失敗するけどね。
 朝食を掻き込んだら背広を着ていざ出陣だ。 去年から管理室に努めているのだから頭の中は事務的な用事でいっぱい。
売り上げの確認とか、売掛の請求とか、金絡みの用事がほとんどだな。
確かに具体的に動いてくれるのは部下たちだから、そういう意味では楽な仕事かもしれない。
でも取り違えなどが有れば私の全責任になるから軽い気持ちで「やって来い。」とも言えないんだよ。
 さてさて、今日もあのセンチメンタルな電車接近情報を聞きながら市電を待っている。 前を後ろを引っ切り無しに車が走っていく。
本山橋行きの電車が来た。 扉が開いて前を見た私は首を傾げてしまった。
何処かで会ったことの有る女性が俯いて座っていたからだ。 (誰だったかな?)
忙しない電車の中で彼女の名前を思い出そうとしている。 金色のピアス、、、。
それに見覚えが有るのだ。 確かに有るのだ。
でもなぜか思い出せない。 そのまま電車は二つ目の交差点を通り過ぎていった。
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