黄昏色の街で
「桜井さんは結婚しないの?」 「さあねえ。 もう、こんな年ですから。」
「こんな年って私と同じだろう? まだまだだよ。」 「とは言いますけど、、、こんなおばさんじゃねえ。」
博美は照れ笑いをしてみせる。 入社当時と同じくそれがなかなかに可愛い。
「気に入ってくれる人は居ますよ きっと。」 「そうねえ。 頑張ろうっと。」
私たちはベンチで背伸びをして真昼の太陽を思い切り吸い込んでみた。 こうすると嫌なことも忘れられる気がする。
昼休み終了のチャイムが聞こえる。 「さてさて戻りますかね。」
博美も腰を上げた。
午後からはレセプションとかなんとかの会議が入っている。 博美はそちらで忙しいらしい。
私はと言うと相変わらず他の部署から回されてきた書類を確認して指示を出す仕事が続いている。
書類を机の上に置くと片付くまでは私も佳代子も無口になってしまう。 2時間ほど経ってからようやく背伸びをする。
そして6時近くになるといつものように仕事を片付けていつものように定例の挨拶をしていつものように一人で社を出る。
「小林さん、お帰りは一人なんですか?」 佳代子が聞いてきた。
「そうだよ。」 「寂しくないんですか?」
「もう30年これだからねえ。 慣れちゃったよ。」 「そうですかねえ? 私寂しいですって顔に書いてありますよ。」
「え?」 私は足を止めて佳代子を振り返った。
「図星ですね? 人って思ってることを当てられたら振り向くんですよね。」 確かにそうかもしれない。
私はこれまで寂しいなどと思ったことは無い。 でも彼女が言うように心の底では思っているのかも。
「今日は私がお供します。」 「いいよいいよ。」
「ダメです。 小林さんもそろそろ落ち着かないと、、、。」 明るく笑う佳代子に先導されて私は市電の停留所へ、、、。
いつものセンチメンタルな接近情報を聞きながら二人で立つ停留所。 同僚たちの車がクラクションを鳴らして走り去っていく。
(いつもは車で来てるはずなのにな、、、。) 私が腑に落ちない顔をしていると、、、。
「秋は大好きなんです。 この風に吹かれて歩いてると嫌なことを忘れちゃうんですよ。 だから歩いてきたんです。」 ますます意外である。
秋よりも夏のほうが似合いそうなのに、秋が好きだったなんて、、、。 人は見掛けによらないもんだ。
「小林さんは春が好きだって言ってましたよね? 本当ですか? そうは見えないけど。」 ますます私はドキッとした。
あの挨拶は嘘だって見抜いてるじゃないか。 この人に嘘は吐けないぞ。
そこへ電車が走ってきた。 「私も同じ方向なんです。」
そう言って座る私の前に立つ。 腰の辺りにまで伸ばした髪が揺れている。
視力が弱いからなのか、佳代子はいつもメガネを掛けている。 その顔が何とも可愛い。
(80年代だったらアイドルでも成功したかもな。) 「小林さん、好きな人は居るんですか?」
電車に揺られながら佳代子が聞いてきた。 居るとも居ないとも言えなくて私は言葉を濁した。
「おっとりしてるから誰か居そうなんだけどなあ、、、。」 その眼が私を捉えていた。
何だろう、この緊張感は、、、。 同じ部署で働いている後輩のはずなのに熱い物を感じる。
男と女、、、そんなもんじゃないはず。 でも今夜の彼女は、、、。
「じゃあ、私 先に降りますね。 おやすみなさい。」 考え事をしていると佳代子の弾んだ声が聞こえてきた。
「ああ、ああ、おやすみ。」 どうしたんだろう、私は何だか浮足立っている。
初めて女の子と連れ立って歩いたからなのか、、、。
家の近くの停留所で市電を降りた私は古びた我が家の玄関先に立った。
「こんな年って私と同じだろう? まだまだだよ。」 「とは言いますけど、、、こんなおばさんじゃねえ。」
博美は照れ笑いをしてみせる。 入社当時と同じくそれがなかなかに可愛い。
「気に入ってくれる人は居ますよ きっと。」 「そうねえ。 頑張ろうっと。」
私たちはベンチで背伸びをして真昼の太陽を思い切り吸い込んでみた。 こうすると嫌なことも忘れられる気がする。
昼休み終了のチャイムが聞こえる。 「さてさて戻りますかね。」
博美も腰を上げた。
午後からはレセプションとかなんとかの会議が入っている。 博美はそちらで忙しいらしい。
私はと言うと相変わらず他の部署から回されてきた書類を確認して指示を出す仕事が続いている。
書類を机の上に置くと片付くまでは私も佳代子も無口になってしまう。 2時間ほど経ってからようやく背伸びをする。
そして6時近くになるといつものように仕事を片付けていつものように定例の挨拶をしていつものように一人で社を出る。
「小林さん、お帰りは一人なんですか?」 佳代子が聞いてきた。
「そうだよ。」 「寂しくないんですか?」
「もう30年これだからねえ。 慣れちゃったよ。」 「そうですかねえ? 私寂しいですって顔に書いてありますよ。」
「え?」 私は足を止めて佳代子を振り返った。
「図星ですね? 人って思ってることを当てられたら振り向くんですよね。」 確かにそうかもしれない。
私はこれまで寂しいなどと思ったことは無い。 でも彼女が言うように心の底では思っているのかも。
「今日は私がお供します。」 「いいよいいよ。」
「ダメです。 小林さんもそろそろ落ち着かないと、、、。」 明るく笑う佳代子に先導されて私は市電の停留所へ、、、。
いつものセンチメンタルな接近情報を聞きながら二人で立つ停留所。 同僚たちの車がクラクションを鳴らして走り去っていく。
(いつもは車で来てるはずなのにな、、、。) 私が腑に落ちない顔をしていると、、、。
「秋は大好きなんです。 この風に吹かれて歩いてると嫌なことを忘れちゃうんですよ。 だから歩いてきたんです。」 ますます意外である。
秋よりも夏のほうが似合いそうなのに、秋が好きだったなんて、、、。 人は見掛けによらないもんだ。
「小林さんは春が好きだって言ってましたよね? 本当ですか? そうは見えないけど。」 ますます私はドキッとした。
あの挨拶は嘘だって見抜いてるじゃないか。 この人に嘘は吐けないぞ。
そこへ電車が走ってきた。 「私も同じ方向なんです。」
そう言って座る私の前に立つ。 腰の辺りにまで伸ばした髪が揺れている。
視力が弱いからなのか、佳代子はいつもメガネを掛けている。 その顔が何とも可愛い。
(80年代だったらアイドルでも成功したかもな。) 「小林さん、好きな人は居るんですか?」
電車に揺られながら佳代子が聞いてきた。 居るとも居ないとも言えなくて私は言葉を濁した。
「おっとりしてるから誰か居そうなんだけどなあ、、、。」 その眼が私を捉えていた。
何だろう、この緊張感は、、、。 同じ部署で働いている後輩のはずなのに熱い物を感じる。
男と女、、、そんなもんじゃないはず。 でも今夜の彼女は、、、。
「じゃあ、私 先に降りますね。 おやすみなさい。」 考え事をしていると佳代子の弾んだ声が聞こえてきた。
「ああ、ああ、おやすみ。」 どうしたんだろう、私は何だか浮足立っている。
初めて女の子と連れ立って歩いたからなのか、、、。
家の近くの停留所で市電を降りた私は古びた我が家の玄関先に立った。