純愛メランコリー
────記憶は、どうなのだろう。
理人のときと同じように、失わないために鏡が必要なのだとしたら、法則を知っている向坂くんが相手じゃ保証されない。
向坂くんは私の家を知らないはずだから、彼に殺されるならいつも学校がその現場となったはずだ。
それなら私は制服を着ていて、常に鏡を持ち歩いているから、記憶は保たれているはず……。
それでも忘れていたということは、毎回、鏡を奪われていたのかもしれない。
自分の記憶は、この世界で唯一信じられる指標になるのに。
……だからこそ奪おうとするのだろうけれど。
今回覚えていられたのは奇跡と言える。
(……でも)
今日また彼に殺されて鏡を奪われたら、“明日”の私は何も知らないまま向坂くんに会いに行って……。
また、裏切られるように殺されるんだ。
「痛た……」
私は顔をしかめつつ、頭を抱えた。
ひどい頭痛がしている。
記憶が見せる幻かと思ったのに一向におさまらず、気のせいでは片付けられないくらいだ。
でも、このまま寝ているわけにもいかない。
何が起こるか分からないのだ。
どんな手を使っても彼が殺しに来るとしたら、家を特定されるとまずい。
重たい身体を引きずるように準備をすると、私は早めに学校へ向かった。
屋上前の階段に向坂くんがいることは分かっている。そこへは近づけない。
どうせ“昨日”みたいになってしまうから、ミルクティーを買いには行かなかった。
教室に入ると、すぐに自分の席につく。
とにかくまとまらない考えを整理して、色々な可能性を確かめたい。
────納得出来るかどうかは別として、向坂くんに殺される理由はさっき考えた通りだと一旦仮定しておこう。
けれど、どうしてループするのだろう?
理人のときのように、最初の死に際で私が“やり直したい”と願ったのだろうか。
(……やり直す?)
いったい何をどうやり直せば、この結末を変えられるというのだろう。
殺しに及んだのが向坂くんのもともとの性質だというのなら、たった1日を繰り返すだけじゃ足りない。
この「5月7日」をループするだけで、その嗜好を変えられるとは思えない。
関係性や選択に分岐点があった理人のときとは違う。
殺されることに対して、私の方に原因があるわけではなく、向坂くんの一存による以上なす術がない。
(分かんないよ……)
既に行き詰まった気分だ。
答えはおろか、辿るべき道筋すら見えない。
私はどうすればいいのだろう……?
どうすれば“明日”を迎えられるのだろう。