純愛メランコリー
「もういいよな? 早く殺させてくれよ」
「ま、待って。待ってよ……」
宥めるように言った声は震えた。
嫌な収縮を繰り返す鼓動に、呼吸が浅く不安定になっていく。
どうすればいいの?
なんて言えば伝わるの?
どんな言葉なら向坂くんに届くの……?
「待たねぇよ、諦めろ。どうせ死ぬんだから」
無感情な声色で告げた彼の手が伸びてくる。
終焉へといざなわれる。
ひたひたと、死の足音が近づいてくる。
「嫌……!」
身を縮め、すり抜けるようにして壁際から脱した。
泣きそうになりながら彼を見やると、ふっと気だるげな笑みが返ってくる。
「また追いかけっこでもするか? 今日は頭打たねぇといいな」
向坂くんは階段の手すりを指した。
そうか、と思い至る。
“昨日”は彼から逃げようと後ずさって、その勢いのまま無理矢理立ち上がろうとした。
そのときに金属製の手すりに頭をぶつけたのだ。
それが致命傷となり、私は死んだ────。
「なぁ、どうして欲しい?」
「何、言って……」
「どうやって殺されてぇのかって聞いてんだよ」
どうもこうもない。殺されたくないに決まっている。
ループに限りがあると分かった以上、尚さら死にたくないと強く思う。
何よりも、向坂くんに殺されたくない。
彼に殺される現実を目の当たりにすれば、彼を信じる余地すらなくなってしまいそうで。
馬鹿だって分かっていても、想いは消えてくれない。
一方的に裏切られて傷つくだけなのに、向坂くんを悪者にしたくなくて。
「……どうしても、私を殺すの?」
「当然だろ。そのためのループだ」
硬い声で尋ねれば、あっけらかんと彼は答えた。
ループについて隠す気がないのは、私が死ねば記憶を失うと思っているからだろう。
「……分かった」
一拍置いて静かに頷くと、彼は意外そうな顔をした。
「でも、私は……向坂くんには殺されない」
受け入れたわけじゃない。
向坂くんの身勝手な殺しも、その理由も。
ただ、ひとまず今日をリセットするだけだ。
それ以外に選択肢がないのだから。
踵を返すと、私は階段を駆け上がっていく。
よほど想定外の行動だったのか、向坂くんはすぐには追って来なかった。
足を止めないまま一気に駆け抜け、屋上へ飛び出す。
ここには1週間前の光景が、まだ色濃く残っていた。
落ちていく理人の幻影と透明な微笑がフラッシュバックする。
「理人……」
屋上の縁へ歩み寄った私は、その幻影を追いかけるようにして一歩踏み出した。
浮遊感に包まれながら、伸ばした手が幻を掠める。
何にも阻まれることなく真っ直ぐに落下していった私の身体は、やがてコンクリートに叩きつけられた。