純愛メランコリー
向坂くんは何も言わず、屋上のドアを開けてくれた。
私が外へ出ると、彼は後ろ手で閉める。
縁に寄ってミルクティーを供えた私は、理人に黙祷を捧げた。
「……気済んだか?」
後ろから彼に問われ、そっと目を開ける。
吹いた風が髪を揺らした。
「……理人、後悔してないかな」
ふと、思ったことがそのままこぼれた。
彼の最後の選択は、私には到底真似出来ない。
彼が命を懸けただけの価値が、本当に私にはあるのだろうか。
いずれにしてもあの結末は、私に生きる責任を与えた。
理人の分まで、理人がくれた未来まで、真っ直ぐ生きていかなきゃ。
簡単に折れたり諦めたり出来ない。何事も。
今はただ、そう思う。
「後悔なんかしてねぇだろ」
ざ、と向坂くんの履き潰した上靴の裏がアスファルトと擦れる。
「まんまとあいつの思惑通りだ」
「え……?」
思わぬ言葉に顔を上げ、彼の黒々とした双眸を捉えた。
理人の思惑通り?
いったい、何が……?
「三澄は死に物狂いでお前を手に入れようとした。でも望みを叶えるのは無理だって気付いて、狙いを変えたんだよ」
向坂くんはポケットに手を突っ込んだまま、淡々と告げる。
何を言っているのだろう。
意味がよく分からずに、私は眉をひそめた。
「もっと分かりやすく言おうか? お前を愛してた三澄は、お前を自分のものにしたかった。でもお前にそんな気はねぇだろ?」
……それは確かにそうだ。
私の理人を慕う気持ちは、彼の抱く“好き”とは重ならないし交わらない。
その齟齬と気持ちのすれ違いが、彼に最悪の選択をさせることとなってしまった。
「あいつもそう気付いた。何回繰り返しても同じだって。だから自分が死ぬことにした」
「どういうこと……?」
なぜ、だから理人が死ぬことになるのだろう。
彼に繊細な一面があったのは事実だが、悲恋を嘆いて身を投げるほど、酔いしれてはいなかったはずだ。
「気付かねぇか? お前さ、ずっと三澄のこと考えてるだろ」
どく、と心臓が沈み込むように鳴った。
はっきりと認識したのは今が初めてだけれど、確かに向坂くんの言う通り、私は無意識に理人のことばかり考えている。
「でも……まだ1週間だよ。そんなすぐ平気になるはずない」
真っ当な返答だと思うのに、どうして言い訳っぽくなってしまうのだろう。
彼は私の言葉など想定内だと言わんばかりに息をつく。
「そうだろーな。けど、昔を懐かしむよりも一番思い出すのは、あいつの最期だろ?」