純愛メランコリー
責められているわけでもないのに、私は萎縮してしまう。
驚いた。
何から何まで見透かされているみたいだ。
「それは……」
否定出来なかった。
理人と紡いできた長い時間は確かに色濃く記憶に焼き付いているのに、ふとしたときに思い出すのは、彼が最期に浮かべた透明な笑顔だ。
晴れやかに澄み切った別れの言葉だ。
それでいて、惜しむように私の名を呼ぶ優しい声だ……。
「ほら、な。ぜんぶ三澄の計画通り」
向坂くんはどこか恨めしいように天を仰ぐ。
「ああやって死ねば、嫌でもお前はあいつを忘れられなくなる」
色々思い出して、色々考えて、泣き尽くして眠りに落ちて……。
それでも朝目覚めれば、また暗い思考がぐるぐる巡って────。
「答えなんか出ねぇ問いを繰り返して、泥沼にはまってくんだ。あいつの狂愛のせいでな」
吹き抜けた風が頬を撫で過ぎ去る。
彼の黒髪をさらっていく。ピアスが光る。
(……そんなことない)
私は咄嗟に強くそう思った。
自分を忘れさせないために、一生私を縛り付けるために、理人が死を選んだなんて信じられない。
私は向坂くんのようには思わない。
そんなことしなくたって、忘れるわけがないのだから。
確かに歪な関係は続いていたし、お互いを求めるあまり異常なほど現状に執着していた。
それでも、理人がくれた想いや優しさは確かで、私にとって彼が大事な存在だったのも事実だ。
『ごめんね。僕がいると、君が不幸になる』
────理人の最後の選択に、向坂くんが言うような黒い思惑なんてない。
私はそう信じている。
「…………」
何か反論しようと顔を擡げたのに、向坂くんの横顔を見て言葉を忘れた。
何だか憎々しげで怒っているように見える。
「どう、したの?」
戸惑って思わず尋ねれば、彼は私に視線を戻した。
「……どうしちまったんだろーな。俺にもよく分かんねぇけど」
一拍置き、向坂くんはポケットから手を出す。
その右手に握られた何かに、朝日が鋭く反射した。
跳ねた心臓が重たい音を刻む。
ペティナイフだった。
私は呼吸を忘れ、銀鼠色のそれから目を離せなくなる。
彼がいつか理人を殺そうとしたときのものだろう。
その刃の切っ先が、今度は私に向いている────。