純愛メランコリー
階段を上り、最後の踊り場へ出る。
影が動いた。
見上げれば、向坂くんがいた。
「……花宮」
彼は少し意外そうに、わずかに目を見張る。
今朝のことがあっても尚、私がここへ来るとは思っていなかったのだろう。
手にしていたスマホとメロンパンの袋を置き、億劫そうに立ち上がると、悠々と階段を下りてくる。
「そんなに死にてぇのか?」
私を捉えたまま彼は嘲笑した。
怯みそうになる心を奮い立たせるけれど、その眼差しに射すくめられる。
「望み通り殺してやるよ」
そう言った向坂くんの無慈悲な手が伸びてきた。
瞬時に今朝の出来事が脳裏を過ぎり、反射的に後ずさる。
「待って……! 待って、聞いて」
「あ?」
声も呼吸も恐怖で震えた。
ばくばく鼓動が跳ねて心臓が痛い。
「お願い。私の話、聞いて」
思い出す────。
以前のループの中でも、ここでこんなふうに彼と話したことがある。
『向坂くん。私の話、聞いてくれない……?』
あのときはちゃんと耳を傾けてくれた。
記憶をなくしていても、突拍子もない話を信じて受け入れてくれた。
今の彼にその面影なんてない。
すべてがこの日々のための布石だったとしたら、とんだ策士で役者だ。
私には到底敵わない。
一拍置いて向坂くんは首を傾げた。
「話? ループのことなら知ってるぞ」
「ううん……。そうなんだけど、違くて」
彼が開き直ることは分かっていた。
殺してしまえば私には記憶も何も残らないから、わざわざ嘘をつく必要もない。
……どう切り出せばいいだろう。
何から話そう?
どうすれば伝わるだろう?
実際に死の淵に立たされると、冷静に考えることなんて出来なくなっていた。
どうにか恐怖を抑え込み、言葉を探していると、向坂くんが先に口を開く。
「へぇ。真っ先に聞かねぇってことは分かってるんだな、自分の状況」
推し量るような暗色の双眸に捕まる。
それを確かめるためにあえて“ループ”と口にしたんだ。
逃れたくてつい視線を彷徨わせれば、ふっと彼は確信めいたように得意気に笑った。
(……駄目だ)
思っていた以上に向坂くんは鋭くて、淡々と私を追い詰めていく。
失うものも守るものもないからか、彼は簡単に踏み込んでくる。
些細な隙も見逃してはくれない。