純愛メランコリー
両手足を拘束されている上、向坂くんに監視されている。
この状況で逃げることなんて出来ない。
「馬鹿なこと考えんなよ? 逃げようとしたら殺す」
私の思考を読んだかのように彼が言った。
それなら、隙を見て誰かに連絡するしかない。
そう思ったけれど、当然のことながらスマホは取り上げられているみたいだ。
ポケットに重みがない。
「警察呼ぼうとしても無駄だぞ。捕まる前に殺すから」
ループは彼に味方しているようだ。
いくら自分が危うくなっても、私さえ死ねばリセット出来てしまう。
「あいつの助けも期待出来ねぇな」
蒼くんのことを指しているのだろう。
……それはその通りだった。
私は彼の連絡先を知らないし、交換するようなことがあっても、以前のループでそうだったみたいに、巻き戻るごとに消える。
そもそも彼と会っていない今日、仮に交換したことがあったとしても蒼くんの連絡先が残っているはずがない、と向坂くんは踏んだのだろう。
そこまで計算した上で、保健室でずっと付き添ってくれていたのかな。
私を蒼くんと接触させないために。
私が倒れたのは、彼にとってまたとないラッキーな偶然だったんだ。
「……どうして今すぐ殺さないの?」
ふと過ぎった疑問が口をついた。
彼にとって、完璧に私を殺す手筈は既に整っているはずだ。
邪魔者もいなければ、私の抵抗もない。
なのに、どうして今、生かされているのだろう?
私にとってはあがく時間を稼げるからその方がいいけれど、それは向坂くんにとって不都合なはずなのに。
「あ? 死に急ぐなよ。別にいつ殺そうが俺の勝手だろ」
向坂くんは手の中のペティナイフを眺め、もったいぶるように言った。
……何だろう?
漠然とした違和感を覚える。
まるで何かを待っているみたい。
時間稼ぎでもしているような。
何にしても、それならちょうどいい。
この状況から唯一逃れる手段が、私にはある。
感情の整理はつかないけれど、嫌でも殺される危機に慣れてしまった私の頭は、冷静さを完全に損なってはいなかった。
「ま、でも……夜までには何とかしねぇとな」
家族が帰ってくるのだろう。
私が騒いだら大事になる。
「…………」
このままいれば、夜には殺される。
それ以前に彼の待っている何か、あるいはタイミングが来たら、容赦なく牙を剥かれるに違いない。
でも、殺されるわけにはいかない。
ループの中で唯一信じられる“記憶”が懸かっているのだ。