純愛メランコリー
私は壁に取り付けられた収納スペースの戸を開けた。
洗剤や掃除用具、トイレットペーパーのストックが入っている。
中から洗剤の一つを手に取った。
“酸性”という文字が目に入る。
「…………」
さすがに躊躇してしまうけれど、何とか自分を奮い立たせた。
やるしかない。
少なくとも今日、生きて助かる道はないのだ。
すべて向坂くんに断たれているから。
(賢いなぁ、向坂くん……)
私なんかより遥かに、自分の目的に貪欲だ。
ありとあらゆる手を使って私の逃げ道を塞いだ。
拘束と監視によって脱走を防ぎ、連絡手段を断って。
蒼くんを頼ることも出来ないようにして。
例えば私が勢い任せに逃げようとドアから飛び出しても、向坂くんにすぐ捕まってしまうだろう。
そのために間取りを把握させないようにしたんだ。
玄関の位置も知らないのだから、出口に辿り着く前に殺されてしまう。
言わばこの家は向坂くんの掌の上。
私にどうにか出来るわけがない。
でも、だからこそ────。
私にしか取れない選択肢がある。
(リセットしなきゃ……)
私は洗剤のキャップを回して外した。
ツン、と刺すようなにおいが鼻を刺激する。
気を落ち着けるように息をつく。
意を決して洗剤に口をつけると、一気にあおった。
「……っ」
酸っぱいような苦いような、とにかく有害だと分かる液体を流し込む。
舌が痺れて、喉が焼けていく気がした。
込み上げる吐き気を堪えていると、内臓まで熱く爛れていく。
手が震え、洗剤の容器を取り落とした。
中身はもう空だ。
「う……っ」
きぃん、と耳鳴りがして音が遠くなった。
気付けば私の身体はその場に崩れ落ちていた。
打ちつけた痛みも鈍く、ほとんど感じない。
息が出来なくて、それどころじゃなかった。
「花宮!? おい、花宮!」
慌てたような向坂くんの声が、ドアの向こうからぼんやりと聞こえてくる。
私の倒れる音を聞き、異変に気が付いたのだろう。
開かない取っ手を捻る音や、ドアを叩く音が遠くに響く。
でも、もう手遅れだ。
向坂くんには殺させない。
苦しみに悶えながら、私は意識を手放す。
今日もまた、死が一つ積み重なった。