純愛メランコリー

 じんわりと心があたたかくなる。
 すっかり褪せていた世界が色づいていく。

 今の状況で、それ以上に心強くて嬉しい言葉はなかった。

 蒼くんを信じてよかった。
 頼ってよかった。

 目に見えるような変化がなくても、そう思えた。

(でも……)

「蒼くん、この手は……」

「あ、ごめん。ちょっと近過ぎたね」

 ぱっと離して両手を上げる彼に、思わず小さく笑ってしまった。

 気付けば、冷えた指先に温もりが戻っていた。

 恐怖も不安もほどけていく。

 一人じゃない。
 それだけで不思議と、もう少し頑張れる気がする。



*



 教室へ戻ったとき、本鈴の五分前だった。

 私も蒼くんも、戸枠のところで思わず足が止まる。

「向坂くん……」

 彼がいたのだ。
 悠然と私の机の上に座っている。

 “昨日”をあんなふうに終わらせたから、苛立っているのかもしれない。

 怪訝そうにまじまじと私を眺めている。

 恐る恐る歩み寄ると、蒼くんが庇ってくれるように一歩前に出た。

「何か用? 仁くん」

 彼にそう声をかけられるまで、向坂くんはどこか上の空だった。

「……あ? お前にはねぇよ」

 蒼くんをあしらいつつ、向坂くんは机から下りる。
 そのまま私の手首を掴んだ。

「来い。話がある」

 真剣な表情で告げると、有無を言わせず引っ張って行こうとする。

「ま、待って……」

「ちょっと。そんな勝手なこと許さないから」

 何とかその場に留まろうと足に力を入れた。

 同時に蒼くんが反対側の手を掴んで止めてくれる。

 向坂くんは息を吐くように笑い、彼に鋭い眼差しを向けた。

「お前の許可なんかいらねぇだろ」

「もしかして、俺がいたら出来ない話? そうなんだったら尚さらこの手は離せない」

 一切怯むことなく、蒼くんは言ってのけた。

 相当な覚悟があるのだと思う。
 一緒に死ぬ、という言葉の真実味が増す。

「…………」

 鬱陶しそうに目を細める向坂くん。

 かなり機嫌が悪そうだった。

 そんな彼と二人きりになるのはあまりに危険過ぎる。

 もう何度も死ねないのだ。
 今までよりもっと慎重にならなくては。
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