純愛メランコリー
「……だったらお前も来れば? その代わり口挟むなよ。一言でも喋ったら殺す」
ややあって、向坂くんが蒼くんに言う。
彼に掴まれていた手首は解放された。
意外だった。
さすがに諦めると思ったのに、よっぽど急を要する話なのだろうか。
「分かった」
そう答えた蒼くんを、つい窺うように見やる。
本当に大丈夫かな。
二人して殺されたらどうしよう。
そんな私の不安を悟ってか、蒼くんは真っ直ぐに目を見て頷いてくれた。
大丈夫。
……そんな声が聞こえた気がする。
お陰で彼の手が離れても、恐怖に飲まれずに済んだ。
向坂くんについて歩くと、いつものところで足を止めた。
屋上前の階段。
何だか久しぶりに思える。
振り向いた向坂くんは私を見て、それから蒼くんを一瞥して、また私に視線を戻した。
やがて口を開くと、硬い声で尋ねてくる。
「……お前さ、何で自殺すんの?」
心臓が音を立てた。
さすがに訝しんで当然だろう。
彼の目の前で私は何度も自分を殺した。
なぜかと聞かれれば“記憶を失わないため”だけれど、そうとは絶対に言えない。
自衛の手段がなくなってしまう。
「…………」
どう答えるべきか考えているうちに、本鈴が鳴った。
その音で、張り詰めた緊張の糸が少しだけ緩む。
「……向坂くんに殺されたくないから」
私は言った。
完璧な答えではないけれど、間違ってもいない。
「俺に……?」
どこか意表を突かれたような反応だった。
やっぱり向坂くんは、新たな記憶の法則があることは知っていても、それが何かまでは知らない。
そして今日の私にも記憶が残っていることには気付いているのだろう。
「俺に殺されるのが嫌だから自分で死ぬ? ……んだよ、それ」
いっそう不機嫌になった彼が声を低める。
「死ぬのは嫌じゃねぇのかよ。諦めんのか?」
向坂くんが何に怒っているのか、私には分からなかった。
困惑して眉を寄せる。
「意味、分かんないよ。何でそんなこと向坂くんが言うの?」
私が死ぬきっかけは彼が作っているのに。
そもそも彼が殺そうとしなければ、私が死ぬ必要もなくなるのに。