純愛メランコリー
*



 私と蒼くんは最寄り駅まで来ると、一日乗車券を買って電車に飛び乗った。

 行き先も何も決めず、気分任せで降りては別の電車に乗って、とにかく遠くを目指して乗り継ぐ。

 向坂くんの殺意が届かないところまで逃げ切れば、ループから抜け出せるかもしれない。

 そんな可能性に少し目の前が明るくなって、お陰で心に余裕が生まれた。

 窓の外を流れる見知らぬ景色に、思いを馳せることが出来るくらいに。

「疲れてない?」

「平気。……ちょっと楽しいかも」

 それほど混んでいない車内で蒼くんと並んで座る。

 気遣ってくれる彼に私は小さく笑んだ。

 こうしていると現実逃避出来る気がした。

「よかった。俺も楽しいよ、菜乃ちゃんといると」

 彼は相変わらず柔和な笑みで、慈しむような眼差しを注いでくれる。

「……蒼くんって、そういう思わせぶりなことばっかり」

「え、何か言ったっけ?」

「“一昨日”ね」

 そう返すと、彼は悔しそうに苦く笑った。

 彼の中には、そのときの記憶はもう残っていない。

「うわ、何て言ったんだろ。告白までしちゃってたらどうしよう」

 口元を覆う蒼くん。

 そう言われると、“一昨日”のそれが本当に冗談だったのかどうか分からなくなってくるけれど。



 たたん、たたん、と電車が揺れる。

 身体が弱っているせいか、無性に心地よいせいか、ふわっと意識が宙に浮かびそうになる。

「眠いなら俺の肩貸すよ」

 蒼くんはすかさずそう言ってくれた。

 本当によく見てくれてるなぁ、なんて思いながら、じっと彼を見つめた。

「どうしたの?」

「────ありがとう、蒼くん」

 以前の彼には充分だって言われたけれど、今の彼なら受け取ってくれるだろうか。

 伝えないと私の気が済まない。
 何度伝えても足りない。

「ん、寝る?」

「ううん、違う。ぜんぶに感謝してるの。助けてくれたことにも、今こうして隣にいてくれてることにも」

 わずかに目を見張った蒼くんは、一拍置いて表情を和らげる。

「それ言うなら俺の方」

「え?」

「理人くんに殺されて、仁くんにも殺されて。頼りにしてた人たちに次々裏切られても、俺にぜんぶ打ち明けてくれた」

 彼は優しい声で言を紡いだ。

 その一つ一つが浸透していく。

「きっと、怖かったよね。それでも……信じてくれてありがとう」
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