純愛メランコリー
震える声で告げた。
指先に力が込もる。
不思議がるように少し黙り込んだ彼は、しかしあえてあれこれ尋ねてきたりはしなかった。
「分かった。じゃあ道変えよっか」
優しい声が染み渡る。
いくらか安心して、その腕を離した。
そのとき、ガシャァン! というけたたましい騒音と甲高い音が響き渡った。
地面が鳴るような轟音が、足から全身に伝わってくる。
「びっくりした……」
蒼くんが振り返った。
私も瞠目したままそちらを見やる。
先ほど目にした大きな鉄板が落下したのだった。
それを吊るしていたロープがなぜか切れている。
まるで誰かがぷっつりと切断したみたいに綺麗な切り口だった。
(ありえない……)
作為的な何かを感じる。
不可解な状況に晒され当惑する私たちを嘲笑うかのように、切れたそのロープが揺れている。
蒼くんはそれと私を見比べ、やがて言った。
「……もしかして、予知したの?」
当たらずも遠からず、だ。
一度経験したことがあるから、知っていただけなのだけれど。
こんな騒動があっても、辺りは粛然としていた。
ただ、先ほどからこちらへ歩いてくる一人の影が近づいてくるだけだ。
まだ、鼓動は激しいままおさまらない。
向坂くんから離れても、死の気配は至るところに潜んでいるのだと思い知る。
憂うような蒼くんを見やった。
「私にもよく分かんないんだけど、さっき急に記憶が────」
そこまで言ったとき、すぐ横に音もなく人影が迫っていた。
ふっと翳って、反射的に顔を上げる。
「菜乃ちゃん……!!」
驚いたような蒼くんの声が聞こえたと同時に、腹部に強い痛みが走った。
火傷しそうなほど熱いのに、金属のような冷たさが身体の内側に埋まっているみたいな違和感。
この感覚、前にも一度味わったことがある。
理人の家で、彼に包丁で刺されたときと同じ────。
見下ろすと、腹部から血があふれていた。
淡い色のベストが赤黒く染まっていく。
その中心に包丁が突き立てられていた。
目の前の見知らぬ男が、にたりと笑って引き抜く。
『わ、近くで通り魔だって。犯人は現在も逃走中……』
不意に、電車の中で蒼くんが言っていたことが蘇った。
(まさか、この人が……?)
ふら、とたたらを踏んだ。
呼吸が震える。
縋るように彼を見やる。
「蒼、くん……」
助けて────。
「……っ」
衝撃が遅れてやって来て、身体に感覚が戻った。
熱い。痛い。
痛くてたまらない。
何が起きたのか全然分からないのに、激痛が現実感を訴えて止まない。
気配しかなかったはずの死が姿を現し、私の後ろ髪を捕らえていた。
がく、と膝から崩れ落ちる。
せり上がってきた何かに思わず咳き込むと、血があふれた。
「お前……っ!」
愕然としていた蒼くんは我に返ると、勢いよく男に掴みかかる。
男が包丁をでたらめに振った。
切っ先が蒼くんの腕を掠める。