純愛メランコリー
不意に背後から腕を引かれた。
振り返ると、複雑な表情を浮かべた蒼くんがいた。
「よかった。……まだ“今日”があって」
その口ぶりからして、ループのことは覚えているみたいだ。
けれど、どうして?
「どうして覚えてるの……?」
私の自殺は間に合わず、彼は殺されたの?
それでも記憶は残るの?
相手が向坂くんじゃないから?
「……あの後、自分で死んだからだよ」
蒼くんは眉を下げたまま答えた。
どういう感情で受け止めればいいのか分からず、私は何も言えなかった。
「あいつ、何か急に我に返ったんだ。そしたら、それまで全然人気もなかったのに、いつの間にか騒ぎになってて」
それに怯んだ男が、包丁を放り捨てて逃亡した。
蒼くんはそれを使ってその場で自殺したらしい。
「けど、どう考えても不自然だよね?」
「そう、だね……」
明らかに奇妙だと言わざるを得ない。
クレーンのロープにしたってそうだし、通り魔の男にしたってそうだ。
「私が死んだから……?」
小さく呟き、不意に思いついた憶測を口にする。
「どういうこと?」
「このループは……必ず私が死ぬように出来てるのかも」
とても偶然とは思えないから。
ロープがあんなふうに切れたことも、逃げ先で通り魔に遭遇して襲われたことも。
向坂くんから逃げても、死からは結局逃げ切れなかった。
彼が作り出したループだと言うのなら、彼は私の死を望んでいるの?
「……そんなことない。絶対、どっかに助かる道があるって」
彼はかぶりを振って、真剣な表情で言った。
「蒼くん」
「諦めないでよ。逃げても駄目なら、俺も一緒に戦うから。だから────」
「蒼くん、聞いて」
私は真っ直ぐその目を見据える。
ゆらゆらと不安気に揺れるその双眸をじっと捉えた。
「私、もう次はないの」
「え……?」
「身体が重くて痛くて、凄く苦しい……。限界なんだって自分で分かる。私が次に死ぬときは、本当にお別れ」
はっきり言葉にすると、自分でも気が引き締まった。
もう、失敗出来ない。
もう、死ねない。
今回が運命を決める最後の機会なんだ。
蒼くんは、信じられない、と言いたげに目を見張った。
それから拒むように首を左右に振る。
「嫌だ。お願いだから死なないでよ」
「私も死にたくなんてないよ。だから今日、精一杯あがこうと思うの」