純愛メランコリー

 不意に背後から腕を引かれた。

 振り返ると、複雑な表情を浮かべた蒼くんがいた。

「よかった。……まだ“今日”があって」

 その口ぶりからして、ループのことは覚えているみたいだ。
 けれど、どうして?

「どうして覚えてるの……?」

 私の自殺は間に合わず、彼は殺されたの?

 それでも記憶は残るの?

 相手が向坂くんじゃないから?

「……あの後、自分で死んだからだよ」

 蒼くんは眉を下げたまま答えた。

 どういう感情で受け止めればいいのか分からず、私は何も言えなかった。

「あいつ、何か急に我に返ったんだ。そしたら、それまで全然人気(ひとけ)もなかったのに、いつの間にか騒ぎになってて」

 それに怯んだ男が、包丁を放り捨てて逃亡した。
 蒼くんはそれを使ってその場で自殺したらしい。

「けど、どう考えても不自然だよね?」

「そう、だね……」

 明らかに奇妙だと言わざるを得ない。

 クレーンのロープにしたってそうだし、通り魔の男にしたってそうだ。

「私が死んだから……?」

 小さく呟き、不意に思いついた憶測を口にする。

「どういうこと?」

「このループは……必ず私が死ぬように出来てるのかも」

 とても偶然とは思えないから。

 ロープがあんなふうに切れたことも、逃げ先で通り魔に遭遇して襲われたことも。

 向坂くんから逃げても、死からは結局逃げ切れなかった。

 彼が作り出したループだと言うのなら、彼は私の死を望んでいるの?



「……そんなことない。絶対、どっかに助かる道があるって」

 彼はかぶりを振って、真剣な表情で言った。

「蒼くん」

「諦めないでよ。逃げても駄目なら、俺も一緒に戦うから。だから────」

「蒼くん、聞いて」

 私は真っ直ぐその目を見据える。

 ゆらゆらと不安気に揺れるその双眸をじっと捉えた。

「私、もう次はないの」

「え……?」

「身体が重くて痛くて、凄く苦しい……。限界なんだって自分で分かる。私が次に死ぬときは、本当にお別れ」

 はっきり言葉にすると、自分でも気が引き締まった。

 もう、失敗出来ない。
 もう、死ねない。

 今回が運命を決める最後の機会なんだ。

 蒼くんは、信じられない、と言いたげに目を見張った。
 それから拒むように首を左右に振る。

「嫌だ。お願いだから死なないでよ」

「私も死にたくなんてないよ。だから今日、精一杯あがこうと思うの」
< 66 / 90 >

この作品をシェア

pagetop