純愛メランコリー
蒼くんは眉根に力を込めた。
泣きそうな顔で、惜しむような眼差しで、私を捉える。
「俺────」
何かを躊躇うような声色だった。
その先に続く言葉を待ったけれど、彼は結局口を噤んだ。
「……何でもない。明日、言うね」
彼は柔らかく微笑んだ。
あらゆる感情を押し込めていることが分かる。
触れたら壊れてしまいそうなほど、切なげで苦しい。
「うん、分かった」
私も笑みを浮かべたものの、うまく笑えている自信がなかった。
明日を信じていないわけじゃないけれど、どうしたってそこには死の気配が漂っているから。
不確かな未来には、臆病になってしまう。
────でも、進むしかない。
もう引き返せないところまで来ている。
渡ってきた綱は朽ち始めていて、戻れるような余地はない。
(……大丈夫)
結末を変えるのは不可能じゃない。
それだけは確かだ。
あとは自分次第。
ハッピーエンドを信じて頑張るだけ。
*
昼休みになると、私は階段を上って向坂くんに会いに行くことにした。
心臓がどきどきしている。
緊張で早鐘を打っていた。
いくら希望の光が強まっても、染み込んだ恐怖は抜けない。
冷えた指先が小さく震えていた。
最後の踊り場で足を止め、屋上前の階段を見上げる。
思った通り、相変わらず向坂くんはそこにいた。
けれど、何だか様子がおかしい。
自身の膝に腕を置き、項垂れるようにそこに突っ伏していた。
悄然とした雰囲気に困惑する。
「向坂、くん……?」
いつもの強気な彼じゃない。
そのせいか、張り詰めた警戒心がほどけていく。
はっと顔を上げた彼は、私を認めると瞳を揺らがせた。
やがて眉を寄せ、憂うような表情を浮かべる。
「花宮……」
やっぱり、おかしい。
“昨日”からずっとこんな調子だ。
演技なんかじゃない。
悪意も見えない。
(ただ、何かを隠してる……?)
私は一旦唇の端を結び、少しだけ考えた。
ここであれこれ話すのは得策じゃない。
今、向坂くんの感情は不安定だ。
一目見てそれが分かるくらい、動揺を隠せていない。
『……分かったようなこと言ってんじゃねぇよ』
いつか昇降口で言っていたみたいに、私の知らない何かがあるのは間違いないのだ。
焦っちゃ駄目だ。
落ち着いて、ちゃんと話さなきゃ。
もう、最後なんだから。
今日しかないのだから。
私は深く息を吸った。
「向坂くん。今日、一緒に帰ろう」