純愛メランコリー

 彼はかなり意外そうに目を見張った。
 当たり前の反応だ。

 記憶の有無に関わらず、私がこんなことを言ったのは初めてだから。

「お前……」

 戸惑うように何かを言いかけ、やめた。

「……どうせ覚えてんだろ? どういうつもりだよ。俺、お前を殺すんだぞ」

「分かってる。最終的にどうするかは向坂くんが決めてくれていいよ」

 不思議と、すんなり言葉が出てきた。

 先ほどまで痛いくらい鳴り響いていた心音も、気付けばいつも通りにおさまっている。

「ただ、ちゃんと話したいの。最後だから」

 そう伝えると、惑うような黒々とした双眸に捕まった。
 私はつい、視線を落とす。

 逃げるように踵を返し、一方的に告げた。

「……じゃあ、また放課後にね」

 彼の引き止める声にも振り向かず、階段を駆け下りていく。

 一歩、また一歩と着地のたびに視界が揺れた。
 目眩も頭痛も止まない。

 少しずつ蝕まれていった身体が悲鳴を上げているのが分かる。

 こんな状態でよく生きているものだ、と我ながら思った。
 生ける(しかばね)も同然だ。



「菜乃ちゃん……」

 教室の前で蒼くんに声をかけられた。

 待っていてくれたみたいだ。

「とりあえず、放課後までは生きられそう」

 私は肩をすくめて笑って見せた。

 彼は「よかった」と心底安堵したように表情を緩める。

 それから案ずるように眉を下げた。

「身体は大丈夫? 顔色が────」

「死にそう、かな?」

「……そんなこと言わないでよ。冗談でも」

 咎めるような蒼くんに、私は「ごめん」と苦く笑っておく。

 真剣に心配してくれている彼には悪いけれど、そうでもしていないと、深刻に思い詰めそうになってしまう。

「大丈夫だって信じよう? 何かあったら俺が守る、絶対」

 蒼くんは強く言いきった。

 覚悟を決めたような、固い意思が覗く眼差しだった。

「……うん、信じてる」

 そう答えた言葉に嘘はない。

 繰り返す今日の中で蒼くんと過ごしてきて、彼が信じられる存在だということははっきり分かった。

 それはもう揺るがない。

 彼が手を差し伸べてくれたことは、ループの中での唯一の幸運だった。

 蒼くんを知れてよかった。
 今は心からそう思う。

 願わくは明日、彼の言いかけた言葉の続きを聞けますように────。
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