純愛メランコリー
*



 放課後までの時間は永遠のように感じられた。

 そればかりが気にかかるのに、待つしかなくてもどかしかった。

 帰りのホームルームを終え、立ち上がると鞄を肩にかける。

 蒼くんと目が合って、私は咄嗟に微笑みかけた。

「また明日」

 そう声をかけると、彼は少し目を見張り、一瞬沈痛な面持ちになった。

 それから顔を上げ、儚く笑って頷いてくれる。

「またね」

 また、ね。
 また、会えるよね……。

 それ以上この場に留まると名残惜しさに飲み込まれそうで、私は早々に教室を出た。

 B組の前に立つと、ちょうどホームルームが終わったところだった。

 数人の女の子たちと目が合う。

(あ……)

 彼女たちとは、理人のことで少し揉めたことがあった。

 私を積極的に“灰かぶり姫”と呼んでいたのも、裏庭に呼び出して意地悪をしてきたのも彼女たちだ。

 けれど、理人が亡くなってからはぱたりと止んだ。

 今も彼の死を嘆き悲しんでいるから私に構う余裕がないのか、あるいは王子がいなくなって興味が失せたのか。

 どちらにしても、もうあんな目に遭うことはないと思う。

『理人が好きなら、正々堂々そう言ったらいいじゃん! 私に八つ当たりしてないで、その労力を別のことに使いなよ!』

 あのとき、私はちゃんと言えた。

 仮に同じように追い詰められたって、もう一度頑張れる。

 それくらいの勇気と自信を、今なら持ち合わせている。

 ふい、と彼女たちから目を逸らした。
 何も怖くなんてない。



「花宮」

 どこか硬い声で呼ばれる。

 リュックを背負った向坂くんが気だるげに歩み寄ってきた。

「向坂くん」

 なぜか、勝手に淡い笑みが浮かんだ。

 殺されるかもしれないのに、そしたらもう戻れないのに、余裕が生まれていた。

「……お前さ、怖くねぇの? 俺のこと」

「そう思ってたんだけどね、今は平気」

 不思議と感情は凪いでいた。

 最後だけど、最後だからこそ。

 どことなく、彼には殺されない気がしていた。

 薄々感じ始めていたその予感は、向坂くんと直接話して強まっていった。

 彼には殺意なんてない。

 “昨日”、通り魔であるあの男の身勝手かつ残忍な殺意を目の当たりにして────。

 本物だ、と思った。

 誰かを本気で殺そうとしている人には、いくら叫んだって届かないのだ。

 でも、思えば向坂くんは違っていた。
 だからこそ、ここ数回の今日、私は彼を出し抜けた。



 靴を履き替え、昇降口を出る。

 校門を潜って歩いていくと、橋の上に差し掛かった。

 いつもは通らない道だけれど、私も彼もそれぞれの家に向かっているわけじゃなかった。

 遠回りをして、ただ時間に身を委ねている。

 明日を望んでいるのに、今日が終わるのが惜しくて。

 おさまらない不調のせいで速度が遅くなる。

 それでも向坂くんは、急かしたり苛立ったりすることもなく、黙ってそんな私に合わせてくれていた。
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