水色の手紙をあなたに
 金持ちらしい家も有るんだけど、大きな犬が居るから近寄りたくないんだよね。
(縁が有ったら電話してね。) 祈るような思いでチラシを投げ込む。
4時間くらい張り付いて回ってみたんだけど居ないなあ。 これじゃあ売れないわ。
しょんぼりして会社へ帰ってくる。 副部長の谷田さんがお茶を飲みながら聞いてきた。
「あそこは誰も居なかっただろう?」 「居ませんでしたねえ。」
「あの町は木曜日に行くと意外と居るんだよ。 金沢さんも意地悪だなあ。」 「そうなんですか? ぼくは意外と楽しかったですよ。」
「君は暢気だなあ。 他の連中なら相当に怒ってるよ。」 「金沢さんには随分とお世話になりましたから。」
「それもそうだな。」 「おー、吉田じゃないか。 頑張ってるか?」
「鳴かず飛ばずですよ。 なかなかうまくいかなくて、、、。」 「いいじゃんか。 頑張れ。」
同期の向山武である。 大学も同じなのだが、彼は理数系だったから管理部に拾われたんだ。
彼はぼくに目配せすると奥の部屋へ入っていった。
 この日も仕事を終えて6時には社を出る。 駐車場で車に乗り込むとスマホを確認する。
数件の着信履歴が有る。 掃除屋とか廃品回収の掛け捨てが並んでいる。
その間に同じ番号が数件、、、。 (誰だろう?)
連絡用のメモを取り出してみる。 でもそこにも載っていない番号だ。
車を走らせてから恐る恐るぼくは電話を掛けてみた。 「もしもし、、、。」
出たのは丹沢さんである。 「吉田さんでしょう? やっと気付いてくれたのね?」
「何か有ったんですか?」 「あなたと別れた後、急に寂しくなっちゃってそれで掛けたの。 ごめんなさい。」
「謝ることは無いですよ。 ぼくもびっくりしたけど、、、。」 「やっぱり優しい人だわ。 今度お食事なんてどうですか?」
「まあ、いろいろと有るから考えておきます。」 「そうよね。 営業マンなんだもん。 無理よね?」
丹沢さんは寂しそうである。 いけないことだとは思ったが、ぼくは大竹アパートへ向かった。
 携帯に掛けてみる。 今度はすぐに繋がった。
「心配だったので前まで来ました。」 「入ってください。 開いてますから。」
玄関の前に立つ。 ガチャっと扉が開いた。
「旦那は明後日まで留守なの。 さあどうぞ。」 何だか危ないお誘いのような気がするけど、、、。
出迎えてくれた雅子さんは白いワンピース姿である。 「さあどうぞ。」
 ぼくがテーブルに着くと「飲みましょう。」と言って彼女は缶ビールを取り出した。
「夜はお一人ですか?」 「そうですね。 まだまだ彼女も居ないから。」
「寂しくないですか?」 「もう慣れちゃいました。」
シュポッと雅子さんが缶を開けた。 「でもぼくは、、、。」
「酔いを醒ましてから帰ればいいじゃない。 飲みましょうよ。」 寂しそうな目で訴えられたらぼくだって断るわけにはいかない。
 「私ね、結婚してから10年くらいになるの。 でも抱かれたことってそんなに無いのよ。」 「何で?」
「出張するからあっちこっちに女が居るのよ。 だから私なんて、、、。」 (分からないけど夫婦ってそんな物なのかな?)
ぼくは飲みながら雅子さんの顔を覗いた。 「おつまみも有りますから食べてくださいね。」
そう言って枝豆やら唐揚げやら豆腐などをテーブルに並べていく。
雅子さんもどっか吹っ切れたような、、、。 そして、、、。
お互いに一本目を飲み干したころ、雅子さんが腕にもたれてきた。 「まずいっしょ。」
「いいの。 こうしていたいだけ。 暖かい体を感じていたいの。」 「丹沢山、、、。」
「今夜は雅子って呼んでほしいわ。 いいでしょう?」 奥さんはぼくに甘えてきた。
(酔ってきたし帰れないな、、、。) 「酔いが覚めるまでここに居て。」
「今夜だけだぞ。」 ぼくは自分に言い聞かせてスーツを脱いだ。

 二本目を飲み始めた時、雅子さんの携帯が鳴った。 「吉田さんは黙っててね。 旦那だから。」
そう言うと彼女は携帯を取り上げた。 話の様子は分からないが出張先のようだ。
携帯を置いた雅子さんは深く溜息を吐いた。 「また遊んでるんだわ。」
それからビールを二口三口一気に流し込むとぼくに倒れ掛かってきた。
「甘えさせてくれる?」 っていうか、もう甘えているんですけど、、、。
ぼくは雅子さんの体を受け止めるのが精一杯。 そのまま床に寝転がると彼女が唇を重ねてきた。
「それは、、、。」 「今夜だけよ。 いいでしょう?」
熱い吐息を弾ませながら訴えるように見詰めてくる。 もうぼくにはどうしていいか分からない。
誘われるままにベッドに入って無我夢中で絡み合ったのだった。

 気付いたら午前2時を過ぎていた。 ぼくは雅子さんが寝入っているのを確認するとそっと部屋を出た。
スマホには何件かの着信が残されていた。 営業部の人だ。
大して仲は良くないけれど、たまにこうして電話を掛けてくる。
今夜も飲みのお誘いだったのかなあ?
あれやこれやと考えながら部屋に戻ってきて布団に転がり込む。 でもなぜか眠れない。
雅子さんの温もりを思い出してしまって、、、。 初めてだった。
でもさ、相手は奥さんなんだよ あそこまでやって良かったのか?
今後は気を付けなければ、、、。 様々な思いが横切っていく。
でも最後には雅子さんの寂しそうな横顔が、、、。
いくら寂しいからって、誰にでも甘えていいわけじゃないはずだ。 そうだろう?
いろいろと考えていたら朝になってしまった。


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