水色の手紙をあなたに
 翌朝、ぼくは出勤ついでに彼女を途中まで送ることにした。
「ごめんなさいね。 迷惑だったでしょう?」 「とんでもない。 楽しかったですよ。」
「本当ですか?」 「また良かったらいつでも来てくださいね。」
「私みたいな主婦でもいいの?」 「構いません。 待ってますから。」
会社に続く通りを逸れてからぼくは雅子にキスをした。 「また萌えちゃうわ。」
「何か有ったら電話してくださいね。」 「ありがとう。 仕事頑張ってね。」
 雅子を降ろすとぼくはそのまま会社へ、、、。 金沢部長は不在らしい。
本社へ出向いているとか言うからぼくはぼんやり考えてしまった。 (あの人はすごいよなあ、、、。)
それを見透かしたように同期の田辺純一が話しかけてきた。 「おいおい、何をボーっとしてんだ? 金沢さんに妬いてるのか?」
「そんなんじゃないよ。」 「お前だって踏ん張ればやれるだろう。 自分を信じろ。」
「そうだよな、、、あはははははは。」 取り敢えずぼくは笑ってみた。

 いつの間にかgwも過ぎてしまって平静を取り戻した水曜日のこと。
会社で仕事をしていたらカスタマーセンターの近藤みゆきが入ってきた。 「ねえねえ、吉田さん 大竹アパートって知ってますか?」
ぼくは一瞬ドキッとした。 「何か有ったの?」
「いえねえ、そのアパートって私も以前に住んでたんですよ。」 「それで?」
「営業先のリストを見ていたら出てきたから懐かしいなって思って。」 「そうなんだ。」
「私も3月まで住んでましたから。」 「あぐ、、、。」
「どうかしましたか?」 「いやいや、何でもないよ。」
「あそこって建設業とか工場の人が多いんですよねえ。」 「そうか、、、。」
「私もお父さんが工場勤めで。 でも大ケガして入院しちゃって、、、。 それをきっかけに引っ越したんですよ。」
ぼくらが話していると金沢部長が戻ってきた。 「あらあらお二人さん 仲良しねえ。」
「仲だけはいいんですけどねえ。」 「何だよ?」
「こんなに好きなのに吉田さんって分かってくれないんですよ。 金沢さんからも言ってやってください。」 「それはひどいわよ 吉田君。」
「あうーーーー、、、。」 「まあ虐めるのはこれくらいにしてっと。 明日さあ、杉田町に行ってきてくれないかなあ?」
「分かりました。」 「へえ、金沢さんの言うことは聞くんだあ。」
「ポチだもんねえ。」 「部長、ポチは無いっしょ。」
「まあいいわ。 頑張ってね。」 やっぱりあの金沢スマイルには勝てない。
 あれ以来、丹沢さんからは連絡が来ない。 アパートの前を通っても見掛けなくなってしまった。
「何処かへ引っ越したのかな?」 表札を確認したが、そんな様子は見えない。
「じゃあ働きに出たのかなあ?」 それなら吹っ切れるんだけど。
 会社に戻ってくると遅い昼食を一緒に食べようと金沢さんが言ってきた。 (何か有るぞ。)
思わず身構えたのだが、攻められるような空気は微塵も感じない。
それどころかニコニコしていて「今日はファミレスにでも行きましょうか。」って言ってくる。 余計に不気味なんだけど、、、。
それでまあ金沢さんの車に乗せてもらって、いざ出発。 コロンの香りが爽やかだ。
「いつもどんな歌を聞いてるの?」 ラジオを合わせながら金沢さんが聞いてきた。
「古いのばっかですよ。 今のはどうも合わなくて、、、。」 「私もよ。 80年代が良かったなあ。」
「松田聖子とか石川秀美とか南野陽子とか聞いちゃうわよねえ。」 ぼくは思わず吹き出しそうになって親指を立てた。
「あらあら、吉田君もそうなの? 意外と合うわねえ。」 話してるうちに車がファミレスに着いた。
「混んでるかなあ?」 「ぼくが見てきますよ。」
金沢さんが駐車場に車を入れている間にぼくはファミレスの中を、、、。
よく見ると隅のほうが空いている。 「隅のテーブルが空いてますよ。」
ハンドバッグを掛けて出てきた金沢さんに声を掛ける。 「先に行ってて。」
「はーい。」 何か知らないが気持ちが弾んでいる。
いつも仕事をしている姿しか見なかったから、こんなに嬉しそうなのは初めて見た気がする。
でもさあ、ぼくって浮気性だよなあ。 雅子に寄られるとそれだけで萌えちゃうし、、、。
近藤さんに寄られるとそれはそれで萌えちゃうし、それで今は金沢さんだろう?
 あれこれと考えながら金沢さんと向き合って椅子に落ち着く。 「何を食べようかなあ?」
メニューを一巡りしたのはいいが、二人とも頼んだのはお勧めランチだった。
 「私ねえ、彼氏に振られちゃった。」 いきなり言い出すものだからぼくは固まってしまった。
「彼氏? 付き合ってたんですか?」 「そう。 5年くらいかなあ。 結婚も約束してたのに、、、。」
「長かったんだ。」 「結局は決心できなかったのねえ。 結婚するといろいろ有るから。」
「そうなんですか?」 「子供のことも有るし、親だって面倒を見なきゃだしね。」
「子供?」 「うん。 私は居ないからいいけどさあ。」
「え? 子供育てながら頑張ってるんだって思ってた。」 「そう見える? 私も30だからさあ、そろそろ欲しいんだけど、、、。」
「ぼくもそろそろって思うんですけどねえ。」 「そうよねえ。 吉田君も決めなきゃ、、、。」
でもなぜか金沢さんの目が潤んでいる。 ぼくは胸を突かれたような気がした。
嫌いな人じゃないからね。 「吉田君さあ、どんな女が好き?」
いきなりの詰問だ。 「どんな女?」
「難しいよね。 じゃあさあ、優しいのとうるさいのはどっちがいい?」 「微妙だなあ。」
「そっか、、、私ってダメだよね?」 「金沢さん?」
「私ってさあ、すぐうるさく言っちゃうからダメだよね?」 「そんなこと無いよ。 優しいだけじゃダメだと思うから。」
「そう?」 「いっつも傍で見てるから思うんだけど、もったいないくらいにいい人だと思いますよ。」
「そっか。 吉田君はそうなんだ。」 金沢さんは頬を赤くしている。
「これからよろしく頼もうかな。」 「何を?」
「わ、た、し。」 「そうなの?」
「吉田君さえ良ければね。」 「全然大丈夫ですよ。」
ぼくは大げさに腕を振って見せた。 「じゃあ、よろしくね。」
そこまで話した時、金沢さんのスマホが鳴った。 「やべえ、会議だ。」
ファミレスから会社へ戻る。 ヒールの音が響いている。
会議室の前まで来ると「内緒よ。」って耳打ちをして金沢さんは中へ入っていった。
 さてさて仕事が終わった6時過ぎ。 ぼくは公園を見詰めながら車の中に居た。
疲れているのか、ボーっとしているのである。 「昼休みの金沢さんのあの笑顔、忘れられないよなあ。」
「お願いしようかな。」という彼女の一言が胸の奥で蘇ってきた。 「ぼくなんかで間に合うのかなあ? 将来を期待されている人だよ。 ぼくじゃ無理なんじゃ、、、?」
とは思うが、あの潤んだ瞳を見てしまったからには引き下がるわけにもいかない。 俺も男だ。
決める時には決めない撮って覚悟を決めた。
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