水色の手紙をあなたに
 寝ても覚めても落ち着かなくて真夜中の公園へやってきた。 辺りは静かで時々枝を揺らす風が吹いている。
ブランコにゆっくりと座ってみる。 丹沢さんと絡んだ感触を思い出す。
そして金沢さんの潤んだ瞳、、、。 (悲しい思いだけは誰にもさせたくないな。)
そんなことが無理なことくらいはぼくにも分かっている。 確かに丹沢さんは遊びかもしれないけど。
それでも間違いなくご主人が居るわけで、、、。 それに金沢さんは失恋した後だ。
「んんんんんん、どっちも捨てられないよなあ。」 思いが溢れてきてどう言っていいのか分からないくらいに胸が締め付けられてくる。
でも金沢さんは純粋に求めてきてる。 寂しさを紛らわすとかそんなんじゃないんだ。
だったら金沢さんを取るべきじゃないのか? 不倫なんて営業マンには似合わないだろう。
そもそも似合うとか似合わないという話じゃないぞ。 姦通だったら犯罪じゃないか。
いろんな思いが脳内を駆け巡り、そして掻き乱していく。 「ぼくはどうしたらいいんだ?」
なんとも生温い雨が降ってきた。 ぼくはやっと腰を上げた。
公園を出て当ても無く歩いてみる。 「内緒よ。」
会議室へ入る前に金沢さんが囁いた言葉がまたぼくを追い掛けてきた。 営業部長と平社員の熱愛か、、、。
他の社員が知ったらおそらくは大騒ぎになるだろうなあ。 誰もが狙ってる人だからね。
そんな人を射止められたらすごいよな。 でもぼくは英雄でも何でもないその日暮しの営業マンだ。
金沢さんが本気になるとは思えない。 もしかして、ぼくを頑張らせるために言ってるのか?
でもそれじゃあ、あそこまでウルウルはしないよなあ。 歩き回っても何をしても余計なことばかり考えてしまう。
ぼくは黙って部屋に帰ってきた。 スマホを覗くと、、、。
(あれ? 金沢さんからメールが来てる。) 

 『いきなり昼食に誘ったりしてごめんなさい。』

 そこまで読んだ時、(やっぱりか、、、。)と思ったのだが、、、。

 『吉田君に話したことは本当なの。 ゆっくり考えてほしいのよ。
私はね、ずっと前から吉田君を応援してたの。 意地悪なことも言ったけど、素直な人だなって思ってた。
これからよろしくね。』

 ぼくは文面を読み終わった時、ウルウルの意味が分かったような気がした。
 翌日、会社に行ってみると机の上に手紙が置いてある。 (誰だろう?)
そう思いながら窓際に目をやると金沢さんがはにかんでいるのが見えた。 ぼくは何も言わずに手紙を仕舞うと部長の机に、、、。
「おはようございます。」 「ああ、吉田君 今日も元気そうね?」
「部長のおかげです。」 「ありがと。 みんなが来ないうちに読んでね。」
「はい。」 ぼくが机に戻ろうとすると金沢さんの声が追い掛けてきた。
「今日の外勤分かってる?」 「はい。 大山町と滝野原町ですね?」
「頑張ってね。」 金沢さんも人懐っこい人だ。
金沢スマイルは誰だって本気にさせてしまう。 ぼくも車に乗り込んで、さあこれから出発だ。
その前に手紙を、、、。

 『吉田君へ、、、。
 昨日はありがとう。 すっきりしたわ。
それでね、昨日言ったことを家に帰って考えたの。 でもやっぱりね、本当なのよ。
吉田君と一緒に居たいなって思ってる。 冷やかしとか弄んでるとかそんなんじゃないから安心してね。
あなたは真面目だから深く考え込んじゃうと思うけど、真剣に考えてほしいのよ。
また食事に行きましょうね。 いい返事を貰えたらいいなあ。』

 読み終わってアクセルを吹かす。 思い切り踏み込んだものだから管理人が飛んできた。
「おいおい、どうしたんだ? 壊れたのか?」 「いえいえ、調子に乗っただけです。」
「それならいいけど壊さんでくれよ。」 「じゃあ、行ってきます。」
ぼくはすっきりした思いで飛び出すことが出来た。 ここまで弾んだことは無かったな。
注意深くカーブを曲がって、いざ前進。 周りもよく見えている。
そりゃそうさ。 金沢さんのためにも事故なんて起こせない。
まずは大山町へ、、、でも何か違うぞ。
目の前にビル群が見えてきたからぼくは焦った。 「おいおい、ここは笠原町じゃないか。」
慌てて引き返したがとんでもないミスをしてしまった。 浮かれているのはいいけどk、これじゃあ報告できないぞ。
でも顔色で分かっちゃうかもねえ。 金沢さんはニコッとしてきついことを言う人だから。

 それでもって何とか大山町へやってきたぼくは、探検気分で回り始めた。 ピンポーン。
何軒か回ってみる。 10軒ほど回った時だった。
(見たこと有る人だな。) 何処かで見たことの有る人が歩いてきた。
なるべくして目を合わせないようにしているが合ってしまった。 「あら、吉田さんじゃない。 この辺りで回ってるの?」
「そうなんです。 丹沢さんこそ元気そうで。」 「うん。 ここに親戚が住んでるから来てたのよ。」
「そうですか。」 簡単に挨拶だけして過ぎようと思っていたのに、、、。
「お昼、一緒にどうですか?」 またまた寂しそうな笑顔で誘われてしまった。
そこでぼくは1時に待ち合わせをしてその場を離れたのだが、、、。
 約束の店に来てみると、丹沢さんは水色のワンピースに着替えていた。 (親戚の家で着替えたのかな?)
あれこれ考えながら、ぼくもファミレスの中へ入る。 隅のテーブルに落ち着くとメニューを開いた。
「私、ミートソースにしようかな。 吉田さんは?」 「じゃあ、ぼくはナポリタンで。」
暫く会っていないのに馴れ馴れしい人だな。 ぼくはそう思った。
過ぎたはずなのに、またまたあの夜のことを思い出してしまう。
「暫くぶりですね。」 ぼんやりしていると丹沢さんの声が聞こえた。
「ええ。 あれからも時々アパートの前を通ったんですけど会えなくて、、、。」 「ごめんなさいね。 内職で忙しくしてたものだから。」
「そうなんですね。 会いたくなくなったのかと思いましたよ。」 「そんなんじゃありません。」
思わず丹沢さんの声に力が入った。 「え?」
「ああ、ごめんなさい。 ついきつく言ってしまって、、、。」 丹沢さんは自分を落ち着けるように水を飲んだ。
「ほんとは会いたかったんです。 でも旦那も仕事が忙しくなったし、私も内職をしようと思ってたから、、、。」
ということはあれからもずっと雅子さんはぼくを思い続けていたことになる。 勘違いでもなさそうだ。
「内職はどうですか?」 「布を張ったり飾りを付けたりして小さな人形を作るんですよ。」
(昔、叔母がやってた仕事だな。) なかなかに器用な人らしい。
「今晩って空いてますか?」 雅子さんが聞いてきた。
「たぶん、空いてると思うけど、、、。」 「またドライブしたいな。」
「じゃあ、出れそうだったら電話しますよ。」 「うんうん。 来てください。」
あの真剣な目で見詰められたら断れないじゃない。 「終わったら行きますよ。」
「旦那も今夜は帰ってこないから待ってますね。」 とはいうけどさ、ここに金沢さんが来たらどうするんだよ?
二股がばれたらぼくは殺されるじゃない。 優柔不断なぼくは自分を呪いたくなった。
やばいなあ、、、。

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