ラーラとピッピの日記帳

1. ムーゲンベルグの街並み

 何処までも何処までも石畳が続く街並み、馬車が静かに行き交う大通り。
新聞売りをしていたラーラは立ち止まるとポケットから小さな布を取り出しました。
彼はその布を空中に放り投げると突き出した右手の人差し指を二度三度と横に振りました。 何をしているのでしょう?
 布は手を離れてヒラヒラと空中を漂い始めました。 「あれ? おかしいな。」
布は確かに空中に浮かんでいるのですが、何かが違うようです。
しっくりこない彼はその布を捕まえると二度三度と空中へまた放り出しました。
でも布はやっぱり浮かぶだけで変わりません。

 通りはたまに馬車が通り過ぎるだけで、誰もラーラには目もくれません。
道端には何だか名前の知らない木が生い茂っていて、その間を夏の温かな風が吹き抜けていきます。
人々は昼食の最中なのでしょうか。 散歩する人も居ませんね。
空にはさっきから白い雲がポカポカと浮かんでいて、ゆっくり漂っています。
ラーラは何度も何度も同じことを繰り返しました。 「何か違うのかなあ?」
彼が浮かんだ布を見詰めていると、一台の馬車が目の前で止まりました。
「おやおや? ラーラ君ではないですか。 ここで何をしているのですか?」
馬車から降りてきたのは白いひげを蓄えたポンテナール先生でした。
 ラーラは浮かんでいる布を恥ずかしそうに見詰めています。
先生は浮かんでいる布を見付けると、目をパチクリさせながら聞きました。
「もしかして君は、絨毯で空を飛ぼうとしていたのですか?」 「はい。」
「ははあ、、、君は人差し指を横に振りましたね?」 「そうです。」
「それはね、こうやるんです。 見ていてください。」
 先生はヒラヒラ浮かんでいる布を捕まえると、また同じように放り投げました。
そしてラーラに見えるように人差し指を縦に二度振りました。 するとどうでしょうか?
小さかった布はズンズンズンズン大きくなって、人が乗れるくらいにまでなりました。
(すげえや。) ラーラは大きくなった布を目をパチパチさせながら見ています。
先生はそんなラーラを見ながら、優しく教えてくれました。
「指は縦に振るんですよ。 縦にね。」 これでもかというくらいに手を大きく振って、ラーラに教えてくれたのです。
「ありがとうございました!」 ラーラは精一杯のお辞儀をして、先生にお礼を言いました。
「じゃあ、また学校でお会いしましょうね。」 先生は愛用のステッキを振ると行ってしまいました。

 通りはまたまた静かになりました。 空中にはさっき先生が浮かべた絨毯がヒラヒラと漂っています。
その上のほうではスズメやハトが、なんだか驚いたような目で飛んでいます。
 そこへバタバタと走り寄ってくる足音が聞こえました。 ピッピです。
そちらを向いたラーラはピッピに笑いかけました。 「ねえねえ、この絨毯で空を飛べるの?」
「たぶん飛べるよ。」 ピッピは漂っている絨毯を嬉しそうに見詰めています。
「ちゃんとちゃんとこれで飛べるんだね?」 「ああ。 飛べるよ。」
絨毯を捕まえたラーラは、ピッピが乗ったのを確認すると突き上げた両手の人差し指を頭の後ろから前へゆっくりと振りました。
絨毯はまるで泳いでいるようにヒラヒラと飛んで行きました。

 キャッキャとはしゃいでいるピッピを乗せた絨毯は何処までも何処までも飛んで行きます。
川を横切り、牧場を越えて何処までも飛んでいきます。
草を食んでいる羊や牛たちが絨毯を見送っています。
「あれは何処まで行くんだ?」 牧場の人たちも物珍しそうな目で見ています。
「早く来ないと行っちゃうよ!」 ピッピはいたずらっぽく笑いながら走ってくるラーラに声を掛けました。

 ラーラは絨毯を見失わないように懸命に追いかけています。
でも森の外れで見失ってしまいました。 そこには大きな檜が立っていました。
「あれあれ? 見失ったぞ。」 辺りを見回したラーラは溜息を吐いて座り込んでしまいました。

 もう夕方です。 あの通りから何時間走ってきたのでしょうか?
家ではお母さんがジャガイモとパンを焼いて夕食を作っている頃です。
お父さんも仕事を終えて山から帰ってくる頃です。
ふと、心細くなってきたラーラは空を見上げました。
 遠くのほうでは山の向こう側に夕日が沈んでいくのが見えます。
その山の影が少しずつ伸びてきました。
 お母さんはパンに手作りのジャムを載せながらお父さんに聞きました。
「ラーラは何処まで行ってしまったのでしょうか?」 「新聞を売りに行ったんじゃないのかい?」
「そうだと思うんですけど、あれから帰ってこないんですよ。」 「あの子も一緒に居るんじゃないのかね?」
「そうだとは思うんですけど、、、。」
 今まで眩しかったお日様も西のほうへ傾いてしまったようです。
森のほうから吹いてくる風も涼しく感じられるようになってきました。
「お腹も空いたし、早く帰りたいな。」 そう思うのですが、絨毯が見付かりません。
途方に暮れていると上のほうから声が聞こえてきました。
「わしの頭の上に子供が載っておる。 重たくてかなわんから早く下ろしてくれ。」というのです。
見るとそれは白いひげを生やしたおじいさんでした。 「ぼくが下ろすのかい?」
「そうじゃ。 お前には魔法が使えるじゃないか。」 「無理だよ。 そんな魔法は知らないし、、、。」
ラーラが渋っているとおじいさんは悲しそうな目で何処かへ行ってしまいました。
 ピッピは何処へ行ってしまったのでしょうか? ラーラは木の上のほうへ目をやりました。
ずいぶんと昔から立っていたのでしょう。 幹も太いし枝もたいそうに茂っています。
「こんな木になんて登れないよ。」 そこでまた彼は根元に座り込んでしまいました。

 お父さんは紅茶を飲みながらお母さんと話ています。 「私が探してこよう。」
お父さんはライ麦パンを食べながら戸を開けて松明を持って出て行きました。

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