一途であまい
祥子さんと別れた後、今度は女子高生だろう子がやって来た。永峯君だと気がついた瞬間、弾かれたように駆け寄ってくる。
「ねぇっ。俊介君っ。どうゆーことっ」
開口一番に彼女は、隣にいる私を睨みつけ、永峯君には悲しげな表情を向ける。なんてわかり易い。
「まさかこの人。彼女なんて言わないよね」
絶対に赦さないというように、彼女が力強く私を指さした。舐めるようにジロジロ見たあと、一瞬だけハッとしたような表情を見せる。
なんだろう。
「そのまさかなんだよ。ごめんね、詩織ちゃん」
彼女の様子に疑問を抱いていると、詩織ちゃんと言われた彼女はぐぅっという声が漏れ出てきそうな表情をしたまま不満そうに私をねめつけ叫ぶ。
「私が付き合うはずだったのにっ」
道の真ん中で、大声を張り上げる。
「なんでよ。私だけの俊介君だったでしょ。なのに、今になって……」
今になってとは。永峯君は、彼女と恋人になる約束事でもしていたのだろうか。例えば、彼女が成人するまで、恋人は作らないと宣言していたとか。
「ごめん、ごめん。けど、会えたから」
膨れていじけてしまった詩織ちゃんの頭に手を置くと、ポンポンと優しく慰める。
「勘違いじゃなくて?」
「うん」
「本当は、違うとかじゃなくて?」
「ううん。違わないよ」
二人のやり取りは、わからないことだらけで話しが全く見えない。
「結局、こうなっちゃうんだね……」
彼女は大きくため息を零し、肩を落とした。
「うん……。ごめんね、詩織ちゃん」
何度も問う詩織ちゃんに向かって、永峯君は根気強く返事をし。最後には、切ないような、少しだけほっとしたような。なんとも言い難い顔をした。
「あぁーっ。今日はショックで眠れないかも。夜、LINEするから相手してよねっ」
現実を受け入れられずグズグズしながらも、詩織ちゃんは夜な夜な永峯君にメッセージを送ると言って私を見る。嫉妬心を煽っているようだ。
「ほんとっ、悔しい。なによ、今更っ」
よく分からないまま、再び罵倒されてしまった。恋愛においての迫力がすさまじい。
「俊介君を泣かせたら、絶対に赦さないからねっ」
顎を突き出したあと中指を立てる女子高生に、怯んで頬が引きつる。
「こらこら。そんな下品なことしないよ」
永峯君にたしなめられた詩織ちゃんは、頬を膨らませてから、真剣でいて少し苦しげな顔をする。
「詩織は、決めてたから。強くなるって決めてたから。だから、俊介君がそばにいなくても……」
「うん。そうだね……」
詩織ちゃんの声が少しだけ震え、永峯君が切なげな顔をする。
二人にだけわかる会話には、とてもつらい何かが潜んでいるようで。その中に入ることのできない私は疎外感を味わう。
半歩下がり距離をとると、詩織ちゃんは急にクルリと表情を変えて永峯君に甘えだす。
「愛人でもいいよ」
「だーかーらー」
さすがの永峯君も困りながら笑っている。その後、食い下がる詩織ちゃんを宥めてすかして、何とか諦めてもらった。しかし、納得しているとは言い難い彼女は、私の耳元に顔を近づけるとボソリと呟いた。
「俊介君のこと悲しませたら、絶対に赦さないからっ」
若干ドスの効いた言い方に再度怯む。頬を引きつらせていると、こらこら何を言ったのと、詩織ちゃんをやんわりと遠ざけた。
「内緒」
私に対するのとは正反対に、詩織ちゃんは可愛らしくにっこりと笑みを浮かべて永峯君に返事をすると、またねと笑顔で手を振り、背を向ける。当然、手を振ったのは永峯君にだけだ。
「いつもは、もっといい子なんだけどね」
詩織ちゃんと別れた後、ごめんねって肩を竦めた。
その後も、肉屋の増田さんという人や。以前おきつ文具店の息子である一さんが油を売っていた先の金物屋の健さん。それに、ペットショップ店員だという。私よりも少し下くらいの女性などなど。この界隈でお店を経営しているだろう人たちが、次々と永峯君に挨拶をし、親し気に話しかけてきた。その度に彼は笑顔を浮かべて、私の知らない人たちととても親しげに会話を繰り広げていた。
私はただ傍に付き従うようにしてポツリと立ち尽くし、ひたすらお辞儀をして挨拶を返す。取り残されていくような孤独を感じていた。知らない場所で、自分の知らない永峯君を見ていると、私が入り込める場所がないように思えた。彼は知り合いに私を紹介するたびに気を遣って、何度も話しかけてくれるし、相槌を求めてくれるのだけれど。そんな気を遣わせてしまう自分はすでに出来上がっている輪の中に入り込んではいけない異物に思えた。
「永峯君は、みんなに愛されてるんだね」
疎外感を味わった故の嫌味ではなく、とても素直な感想だった。自身も営業をやっているから、当然挨拶をする相手は沢山いる。けれど、ここまで親しげに話しかけてくれるような人ばかりではない。同じように仕事をしていても、私の場合は線引きされたように、形式ばった挨拶だけの関係の方が多い。興津さんは初めて任された営業先ということもあって、かなり懇意にさせてもらっているけれど。他にそういった風に接してもらっている相手など数えるほどしかいない。
涼音さんのことを誤解した時にも思ったけれど。永峯君の笑顔は、私だけに向けられているものではない。彼はきっと、分け隔てなくみんなに優しい。誰にでも、優しい……。
詩織ちゃんの嫉妬に怯えたくせに、独占欲が膨らんでくる。私にだけと、感情を尖らせてしまう。彼の周囲にいるすべての人が羨ましくて、疎んじる感情が込み上げてくる。嫌な気持ちだと振り払いたいのに巧くいかなくて。嫉妬心が芽生えた心には、ブツブツと小さな穴が開き。たくさんの空洞に纏わりつくような生ぬるい風が吹く。湿気を含む風が心の穴を通るたび、苦しくなり感情がコントロールできなくなる。
大好きだと言ってくれる彼の言葉だけを信じていればいいのに、自信のなさにモヤモヤが膨らみ身動きできない。勝手にがんじがらめになって、勝手に不安に押しつぶされそうだ。私だけに優しくしてほしいよ。
「ねぇっ。俊介君っ。どうゆーことっ」
開口一番に彼女は、隣にいる私を睨みつけ、永峯君には悲しげな表情を向ける。なんてわかり易い。
「まさかこの人。彼女なんて言わないよね」
絶対に赦さないというように、彼女が力強く私を指さした。舐めるようにジロジロ見たあと、一瞬だけハッとしたような表情を見せる。
なんだろう。
「そのまさかなんだよ。ごめんね、詩織ちゃん」
彼女の様子に疑問を抱いていると、詩織ちゃんと言われた彼女はぐぅっという声が漏れ出てきそうな表情をしたまま不満そうに私をねめつけ叫ぶ。
「私が付き合うはずだったのにっ」
道の真ん中で、大声を張り上げる。
「なんでよ。私だけの俊介君だったでしょ。なのに、今になって……」
今になってとは。永峯君は、彼女と恋人になる約束事でもしていたのだろうか。例えば、彼女が成人するまで、恋人は作らないと宣言していたとか。
「ごめん、ごめん。けど、会えたから」
膨れていじけてしまった詩織ちゃんの頭に手を置くと、ポンポンと優しく慰める。
「勘違いじゃなくて?」
「うん」
「本当は、違うとかじゃなくて?」
「ううん。違わないよ」
二人のやり取りは、わからないことだらけで話しが全く見えない。
「結局、こうなっちゃうんだね……」
彼女は大きくため息を零し、肩を落とした。
「うん……。ごめんね、詩織ちゃん」
何度も問う詩織ちゃんに向かって、永峯君は根気強く返事をし。最後には、切ないような、少しだけほっとしたような。なんとも言い難い顔をした。
「あぁーっ。今日はショックで眠れないかも。夜、LINEするから相手してよねっ」
現実を受け入れられずグズグズしながらも、詩織ちゃんは夜な夜な永峯君にメッセージを送ると言って私を見る。嫉妬心を煽っているようだ。
「ほんとっ、悔しい。なによ、今更っ」
よく分からないまま、再び罵倒されてしまった。恋愛においての迫力がすさまじい。
「俊介君を泣かせたら、絶対に赦さないからねっ」
顎を突き出したあと中指を立てる女子高生に、怯んで頬が引きつる。
「こらこら。そんな下品なことしないよ」
永峯君にたしなめられた詩織ちゃんは、頬を膨らませてから、真剣でいて少し苦しげな顔をする。
「詩織は、決めてたから。強くなるって決めてたから。だから、俊介君がそばにいなくても……」
「うん。そうだね……」
詩織ちゃんの声が少しだけ震え、永峯君が切なげな顔をする。
二人にだけわかる会話には、とてもつらい何かが潜んでいるようで。その中に入ることのできない私は疎外感を味わう。
半歩下がり距離をとると、詩織ちゃんは急にクルリと表情を変えて永峯君に甘えだす。
「愛人でもいいよ」
「だーかーらー」
さすがの永峯君も困りながら笑っている。その後、食い下がる詩織ちゃんを宥めてすかして、何とか諦めてもらった。しかし、納得しているとは言い難い彼女は、私の耳元に顔を近づけるとボソリと呟いた。
「俊介君のこと悲しませたら、絶対に赦さないからっ」
若干ドスの効いた言い方に再度怯む。頬を引きつらせていると、こらこら何を言ったのと、詩織ちゃんをやんわりと遠ざけた。
「内緒」
私に対するのとは正反対に、詩織ちゃんは可愛らしくにっこりと笑みを浮かべて永峯君に返事をすると、またねと笑顔で手を振り、背を向ける。当然、手を振ったのは永峯君にだけだ。
「いつもは、もっといい子なんだけどね」
詩織ちゃんと別れた後、ごめんねって肩を竦めた。
その後も、肉屋の増田さんという人や。以前おきつ文具店の息子である一さんが油を売っていた先の金物屋の健さん。それに、ペットショップ店員だという。私よりも少し下くらいの女性などなど。この界隈でお店を経営しているだろう人たちが、次々と永峯君に挨拶をし、親し気に話しかけてきた。その度に彼は笑顔を浮かべて、私の知らない人たちととても親しげに会話を繰り広げていた。
私はただ傍に付き従うようにしてポツリと立ち尽くし、ひたすらお辞儀をして挨拶を返す。取り残されていくような孤独を感じていた。知らない場所で、自分の知らない永峯君を見ていると、私が入り込める場所がないように思えた。彼は知り合いに私を紹介するたびに気を遣って、何度も話しかけてくれるし、相槌を求めてくれるのだけれど。そんな気を遣わせてしまう自分はすでに出来上がっている輪の中に入り込んではいけない異物に思えた。
「永峯君は、みんなに愛されてるんだね」
疎外感を味わった故の嫌味ではなく、とても素直な感想だった。自身も営業をやっているから、当然挨拶をする相手は沢山いる。けれど、ここまで親しげに話しかけてくれるような人ばかりではない。同じように仕事をしていても、私の場合は線引きされたように、形式ばった挨拶だけの関係の方が多い。興津さんは初めて任された営業先ということもあって、かなり懇意にさせてもらっているけれど。他にそういった風に接してもらっている相手など数えるほどしかいない。
涼音さんのことを誤解した時にも思ったけれど。永峯君の笑顔は、私だけに向けられているものではない。彼はきっと、分け隔てなくみんなに優しい。誰にでも、優しい……。
詩織ちゃんの嫉妬に怯えたくせに、独占欲が膨らんでくる。私にだけと、感情を尖らせてしまう。彼の周囲にいるすべての人が羨ましくて、疎んじる感情が込み上げてくる。嫌な気持ちだと振り払いたいのに巧くいかなくて。嫉妬心が芽生えた心には、ブツブツと小さな穴が開き。たくさんの空洞に纏わりつくような生ぬるい風が吹く。湿気を含む風が心の穴を通るたび、苦しくなり感情がコントロールできなくなる。
大好きだと言ってくれる彼の言葉だけを信じていればいいのに、自信のなさにモヤモヤが膨らみ身動きできない。勝手にがんじがらめになって、勝手に不安に押しつぶされそうだ。私だけに優しくしてほしいよ。