一途であまい
テーマパークの外に出た時、時刻は夕方を過ぎていた。永峯君の仕事は、とっくに終わっている頃だろう。彼と一緒にご飯が食べたいな。
スマホを取り出すとメッセージが届いていた。テーマパークのある最寄り駅の前まで迎えに行くと書いてある。一瞬で心が躍り、早く会いたくなる。
駅へ向かう道へ足を向けると、滝口さんが立ち止まる。
「俺、車できてるから送るよ」
折角の厚意だけど、永峯君が待っている。断ろうと口を開いたところで、私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「みつきちゃーん」
子供みたいに大きく手を振りながら、永峯君が小走りに近寄ってきた。こっちまできてくれたのだ。
「あれ。知り合い?」
数メートル手前まで来た彼を見てから滝口さんが訊ねる。
「うん。彼なの」
「彼?」
滝口さんはとても驚いたような顔をしている。
「よかった。行き違いにならなくて」
にこやかにやって来た永峯君は、隣に立つ滝口さんに向かってぺこりと頭を下げる。
「永峯俊介です」
「あ、こちら。私の友達の早月の、元彼の友達で。うちの会社のデザイン課にいる滝口優さん」
「前置きが長いけど、要するにおんなじ会社の人間」
滝口さんは、片方の口角を上げて簡潔に訂正する。その顔は、最初テーマパークの入り口で会った時にも見せた、人を寄せ付けないようなちょっと冷たい雰囲気を孕んでいた。対して永峯君は、いつもの飄々とした顔つきだ。誰に対しても一貫して嫌な顔をしないのが彼のいいところ。
それにしても、私がまさか男の人と二人でテーマパークに一日いたなんて、気持ちのいいものではないよね……。ただの知り合いだし。特に疚しいことなどないのだけれど誤解されたくないな。
滝口さんと二人できていた理由を説明すると、永峯君は屈託のない笑みを浮かべた。
「そんなことって、あるんだねぇ」
偶然のできごとに、驚き感心したようにうなずいている。
「アトラクション、楽しかった?」
滝口さんと二人でいたことを気にする風でもなく問う。彼のその様子にホッとする。安堵した心地で滝口さんに同意を求めた。
「楽しかったよね」
けれど滝口さんは、反応を示さない。
「君って、いくつ? なんか高坂さんの弟みたいだな」
今の話とは関係のないことを言って、嘲笑に近い表情をした。それはさっきまで一緒にいて、はしゃいだり楽しんだりしていた時に見せていた滝口さんとは全く別の人みたいだった。嫌味な感じを前面に押し出し、永峯君のことを上から見ているような態度なのだ。しかし、そこはそれ。いつもニコニコ天使の笑顔の永峯君ですから。
「よく言われます」
にっこりと笑い返すのだった。最強。
車で送ってくれると言う滝口さんだったけれど、さきほどの態度が気にかかり断った。ブラックな滝口さんに戸惑ったのだ。
「今日はありがとう。また会社で」
「ああ。楽しかったな。今度昼飯でも行こうよ」
滝口さんの社交辞令に、そうだねと返し滝口さんの車を見送った。
「僕も、車買おっかなぁ。滝口さんみたいに、スマートなお迎えがしたいし」
永峯君は少し斜め上を見て考えるようにしている。性格のいい彼のことだから、本気で車の購入を検討しているのかもしれない。素直というか、純粋というか。穢れがない。
並んで歩きながら駅を目指す。彼の表情は終始穏やかだ。いつもと変わりのないように見える。けれど、今日の出来事を何でもないと本気でとらえているとは思えない。自分から黙っていたというのに、彼が一言も私を咎めたり、質問したりしないことが寧ろ気になってしまう。
今日彼は、私が同性の友達と出かけるのだろうと思っていたに違いない。なのに、迎えに来てみたら相手は異性で、その上感じの悪い物言いだ。いくら永峯君でも、いつもの表情を装う裏で傷ついているだろう。お酒を扱う接客業をしているせいか、そんな素振りは微塵も感じさせないけれど、それは気を遣わせてしまっているってことだよね……。
「車は便利だけど、私は永峯君とこうして電車で揺られるのも好きだよ。隣り合わせで座って、おしゃべりしてさ」
繋がった手から気持ちを確認するように、ぎゅっと握り直す。
「美月ちゃんのそういうところ、好き」
私の手を自分の方へ引き寄せ、甲にそっと唇を寄せる。まるでお姫様に対する仕草だ。幸せな時間をくれる彼がとても愛しい。
その日の疲れから、彼の肩に寄りかかり眠ってしまう。心地いいF分の一の揺らぎと、彼の使う洗濯洗剤の香りが心を満たしていく。そうして、彼を傷つけたかもしれない思慮の浅さを棚にあげながら、心に空く無数の小さな穴の存在を消してしまわなければと思うのだ。
スマホを取り出すとメッセージが届いていた。テーマパークのある最寄り駅の前まで迎えに行くと書いてある。一瞬で心が躍り、早く会いたくなる。
駅へ向かう道へ足を向けると、滝口さんが立ち止まる。
「俺、車できてるから送るよ」
折角の厚意だけど、永峯君が待っている。断ろうと口を開いたところで、私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「みつきちゃーん」
子供みたいに大きく手を振りながら、永峯君が小走りに近寄ってきた。こっちまできてくれたのだ。
「あれ。知り合い?」
数メートル手前まで来た彼を見てから滝口さんが訊ねる。
「うん。彼なの」
「彼?」
滝口さんはとても驚いたような顔をしている。
「よかった。行き違いにならなくて」
にこやかにやって来た永峯君は、隣に立つ滝口さんに向かってぺこりと頭を下げる。
「永峯俊介です」
「あ、こちら。私の友達の早月の、元彼の友達で。うちの会社のデザイン課にいる滝口優さん」
「前置きが長いけど、要するにおんなじ会社の人間」
滝口さんは、片方の口角を上げて簡潔に訂正する。その顔は、最初テーマパークの入り口で会った時にも見せた、人を寄せ付けないようなちょっと冷たい雰囲気を孕んでいた。対して永峯君は、いつもの飄々とした顔つきだ。誰に対しても一貫して嫌な顔をしないのが彼のいいところ。
それにしても、私がまさか男の人と二人でテーマパークに一日いたなんて、気持ちのいいものではないよね……。ただの知り合いだし。特に疚しいことなどないのだけれど誤解されたくないな。
滝口さんと二人できていた理由を説明すると、永峯君は屈託のない笑みを浮かべた。
「そんなことって、あるんだねぇ」
偶然のできごとに、驚き感心したようにうなずいている。
「アトラクション、楽しかった?」
滝口さんと二人でいたことを気にする風でもなく問う。彼のその様子にホッとする。安堵した心地で滝口さんに同意を求めた。
「楽しかったよね」
けれど滝口さんは、反応を示さない。
「君って、いくつ? なんか高坂さんの弟みたいだな」
今の話とは関係のないことを言って、嘲笑に近い表情をした。それはさっきまで一緒にいて、はしゃいだり楽しんだりしていた時に見せていた滝口さんとは全く別の人みたいだった。嫌味な感じを前面に押し出し、永峯君のことを上から見ているような態度なのだ。しかし、そこはそれ。いつもニコニコ天使の笑顔の永峯君ですから。
「よく言われます」
にっこりと笑い返すのだった。最強。
車で送ってくれると言う滝口さんだったけれど、さきほどの態度が気にかかり断った。ブラックな滝口さんに戸惑ったのだ。
「今日はありがとう。また会社で」
「ああ。楽しかったな。今度昼飯でも行こうよ」
滝口さんの社交辞令に、そうだねと返し滝口さんの車を見送った。
「僕も、車買おっかなぁ。滝口さんみたいに、スマートなお迎えがしたいし」
永峯君は少し斜め上を見て考えるようにしている。性格のいい彼のことだから、本気で車の購入を検討しているのかもしれない。素直というか、純粋というか。穢れがない。
並んで歩きながら駅を目指す。彼の表情は終始穏やかだ。いつもと変わりのないように見える。けれど、今日の出来事を何でもないと本気でとらえているとは思えない。自分から黙っていたというのに、彼が一言も私を咎めたり、質問したりしないことが寧ろ気になってしまう。
今日彼は、私が同性の友達と出かけるのだろうと思っていたに違いない。なのに、迎えに来てみたら相手は異性で、その上感じの悪い物言いだ。いくら永峯君でも、いつもの表情を装う裏で傷ついているだろう。お酒を扱う接客業をしているせいか、そんな素振りは微塵も感じさせないけれど、それは気を遣わせてしまっているってことだよね……。
「車は便利だけど、私は永峯君とこうして電車で揺られるのも好きだよ。隣り合わせで座って、おしゃべりしてさ」
繋がった手から気持ちを確認するように、ぎゅっと握り直す。
「美月ちゃんのそういうところ、好き」
私の手を自分の方へ引き寄せ、甲にそっと唇を寄せる。まるでお姫様に対する仕草だ。幸せな時間をくれる彼がとても愛しい。
その日の疲れから、彼の肩に寄りかかり眠ってしまう。心地いいF分の一の揺らぎと、彼の使う洗濯洗剤の香りが心を満たしていく。そうして、彼を傷つけたかもしれない思慮の浅さを棚にあげながら、心に空く無数の小さな穴の存在を消してしまわなければと思うのだ。