年下の幼馴染くんはどうしても私を譲れない

第3話 幼馴染なんて呪いだよ

◯街・駅の改札出口(11時頃) 6月初旬


ゆめかと誉が待ち合わせ場所である駅の改札出口に着くと、すでに高市兄妹と須藤が待っていた。

ゆめか「お待たせしました!」

ゆめかモノローグ(梅雨の合間)
(晴れ)
(今日はみんなで)
(水着を買いに来ています)

(事の発端は先日ーー)


ーー(回想)「海、行きません?」の後の会話ーー

高市「中間テスト終わったら、このメンバーで海、行きません?」

須藤「麗美が海行きたいけど、女子1人は嫌らしくて」
麗美「可愛い水着着たいけど1人じゃつまんないし」
高市「麗美、女友達いないもんなー。ぐはっ」

麗美が再び高市のお腹にパンチを入れると、高市は「イテテテ…」とお腹を押さえていたが、しばらくすると、ひらめいたとでもいうようにウインクをして復活していた。

高市「それで、俺考えたんですけど、ゆめか先輩誘えば良いじゃんって☆」

誉「いや、俺は行くとは言ってないんだけど」

高市は、誉の声をかき消すように大声で続ける。

高市「ゆめか先輩が来てくれたら、女の子増えて麗美も嬉しいし、…橘高も来るだろ?」

誉「いや、俺は…」

誉が答えようとする前に、高市は素早くゆめかに聞く。

高市「ゆめか先輩は来ますよね?^^」

ゆめか「え、私…は……」

ゆめかは海なんていう自分とは縁遠い単語に返事を戸惑っていたが、麗美がゆめかをじーーーーっと見ていることに気付き、悩んだ挙げ句、答える。

ゆめか(ものすごい視線を感じる…っ)
ゆめか「………行こうかな?」

ゆめかがそう答えた瞬間、それまでほとんど無表情だった麗美の顔がパアッっと嬉しそうになる。

ゆめか(…かわいい)


高市「あれ?橘高なんか言ってた?」

高市がニヤッと悪い顔で聞くと、誉は高市を睨みつつも仕方ないという風に答える。

誉(こいつ…)
誉「…いや、何でもない」
高市「じゃあ、決まりってことで!」


話がまとまりかけたところで、ゆめかは重大な事実に思い当たり、顎に手を当てて考えこむ。

ゆめか「あ、でも。私水着持ってない…かも」

ゆめかが申し訳なさそうに顔を上げると、誉が口を開く。

誉「俺も」
麗美「私も新しいの欲しいかも」
須藤「じゃあみんなで買いに行く?」
高市「いいね、楽しそう!」


ーー(回想終了)ーー

◯ファッションビル・水着ショップ(12時頃)

ゆめかたちは、駅から歩いてファッション系のショップがたくさん入った大きなビルに来ている。


ゆめかモノローグ(というわけで)
(街のファッションビルにいるのですが) 

ゆめか「水着どれ選んだらいいか分かんない…!」
麗美「……」


レディース水着のショップでゆめかが頭を抱えていると、麗美がまたじーっとゆめかを見ている。

ショップに入る前、麗美が「男子禁制だから」と言ったことにより、今は麗美とゆめかの二人だけ。


ゆめか「…麗美ちゃんはどれにするか決めた?」

ゆめかが尋ねると、1着の黒ビキニを見せてくる。
胸から肩紐にかけてフリルのついたフリルショルダー型のトップスに、タイサイドボトムスは紐が二重にあるタイプ。

ゆめか(黒!紐!大人っぽい)

麗美「颯来(そら)に合わせて大人っぽいのにしたくて。でもフリルは譲れない…」
ゆめか「うんうん!黒もフリルも麗美ちゃんに似合うと思う!今日のお洋服もとっても可愛いし」
麗美「え…?ほんとに?」

ゆめかが麗美の黒ロリィタファッションを見て言うと、麗美は驚く。

麗美「黒ロリ好きで着てるんだけど、今までは引かれることが多くて、その、友達とかもできなくて。可愛いって言ってくれたの、ゆめかさんで2人目です」

ふわっと笑って、嬉しそうに話す麗美に、ゆめかはピン!とくる。

ゆめか「1人目は須藤さん?」
麗美「!…はい///」
ゆめか(ふふ、やっぱり可愛い)

ゆめか「水着も可愛いって言ってもらえたらいいね」
麗美「はい!」

そう言って笑う麗美はやっぱり可愛かった。
ゆめか(須藤さんにこの顔見せたいなぁ)

麗美「次はゆめかさんの一緒に探します!橘高誉は何系が好きなんですか?」
ゆめか「えっ?何で誉…?」

実は、みんなが「苗字呼びは違和感すごい」と言うので、ゆめかはこのメンバーの前だけでは誉と呼ぶことになったのだった。

麗美「え?好きなんですよね?」
ゆめか「えええええええ」

麗美は当然のごとく聞いてきたが、ゆめかは驚いて珍しく大声をあげてしまう。


◯ファッションビル・ショップ前の長椅子(12:15頃)


男子組はさっさと自分たちの水着を買い終わり、麗美とゆめかがいるショップ前の長椅子に、誉を真ん中にして座って待っていたところ、ゆめかの叫び声が聞こえてきた。



須藤「なんか盛り上がってる」
高市「仲良くなって何よりだな」

高市は一瞬、兄の顔になったが、すぐにじとーっとした目に変わり、手に持ったペットボトル飲料(炭酸)を開けながら、誉と須藤の方を睨んでいる。

プシュ、と炭酸の抜ける音がする。

高市「ところで。お前らは良いよなぁ、水着悩んでくれる彼女いてさぁ」
須藤「お前もつくれば?」
高市「んーまぁな」


高市はペットボトル飲料(炭酸)を飲みながら答える。
口では羨ましいと言いつつも、実際そんなに彼女がほしいと思っているわけではなさそうな軽い返事だ。


誉「俺のも彼女じゃないけど」
高市・須藤「………」

誉がショップの方を見ながら無表情で言った返答を聞いた2人は、顔を見合わせてにやにやしている。


高市「彼女じゃないのに俺のなんだ?」
須藤「俺も実際どうなのか気になってたんだよな」

二人がぐいっと身を寄せて誉に詰め寄ると、誉はやれやれといった風に、両腕を左右に伸ばして距離を取らせる。

誉「どうもない。近い、離れろ」

須藤「あれだけ好きオーラ出しといてどうもないことはないだろ。告んねぇの?」

高市「おお、颯来にしては珍しくおせっかいだな。ま、俺も同意だけど」

3人「…………」

逃がすまいとする2人の視線という名の圧に根負けした誉は、両手の指を組んで膝の上に前腕を乗せて少し前傾姿勢になると、渋々といった風に視線を落として口を開く。

誉「…たぶん、今じゃない、と思う」
高市・須藤「………」

誉を挟んで両隣の高市と須藤は顔を見合わせている。

誉「俺は絶対にゆめかを傷つけたくないし、怖がらせたくないし、失いたくないし、泣かせたくない。…俺のことで悩んでる顔は見たいけど」


須藤「…重。」
須藤はうわぁ、と嫌そうな顔をしている。

誉は口の端を上げて己の欲望まで言うと、そこで一区切りして、手を上に上げて伸びをすると、そのまま体重を後ろにやり、椅子の後ろに両手をついた。

誉「とか考えてたら、今、って感じ。高校入ってからゆめか明らかに距離取りたがってるし、いろいろ分かんねぇ」

高市「典型的にこじらせてんねぇ。ま、俺は橘高が完璧じゃなくて人並みに悩んでることが嬉しいね!!」

高市は中身が半分程度になったペットボトルのキャップ部分を持って、左右にゆらゆら揺らして遊びながら嬉しそうに答えると、須藤は高市にゴミを見るような視線を投げかける。

須藤「お前サイテーだな…。まあタイミングばっかに囚われて横取りされないように。ゆめかさん綺麗だし」

そう言って須藤の見た先には、きゃっきゃと楽しそうに水着を選んでいる麗美とゆめかがいる。

ゆめかは白いTシャツに黒のミニ丈スカートという、制服と同じような色合いのシンプルな服装である。

制服と違うのは髪ではなく、キャップを被って顔を隠すようにしていること。斜めがけの小さめバッグを持っていること、サンダルを履いていること、ヘアゴムの代わりに華奢なブレスレットをつけていること。


高市「いやそれな。初めてちゃんと見た時、正直びびったわ。顔隠れぎみだし華やかさはないから分かりづらいけど、よく見たらすげぇ美女っていう」


高市も同じようにゆめかを見て言うと、須藤も頷いている。

須藤「学校でも気づいてるヤツは結構いるんじゃないかな。本人は地味に生きてるつもりだろうけどさ」

高市「まあ気づいても、大半の男は見てるだけだろうな。普通あのレベルの美女に声かけらんないでしょ」

黙って友人のやり取りを聞いていた誉もゆめかに視線を戻す。

誉「俺は美人より可愛いって思うけどね」


誉が目を細めてそう言うと、高市と須藤はレーダーで探知したように、先ほどと同じくぎゅんっと身を寄せて誉に詰め寄る。


高市「えっそこ詳しく?!美しいと可愛いは共存できないって誰かが言ってたよ?!」
須藤「可愛いエピソード何かないの?」

誉は詰め寄る二人を押し退けるように立ち上がり、ゆめかたちのいる方向に歩いていく。
高市と須藤から誉の表情は見えない。

高市「おい待てって」


高市と須藤も慌てて誉に着いていく。



◯ファッションビル・水着ショップ(12時20分頃)


ゆめかと麗美は何種類かの水着を見比べたり、身体に当てたりしながら、ゆめかの水着選びに悩んでいる。

誉「これ」
ゆめか・麗美「!」

誉は1つの水着を指差して言う。
それは、ゆめかが持っていた白のセットアップで、シンプルなホルターネックのトップスに、腰を一周囲むようにフリルが付いているフリルショーツ型のボトムス。

真剣に水着とにらめっこを繰り返していた女子2人は、誉が近づいてきたことに全く気づかなかった。

麗美「へぇ?これが好きなんだ。というか、男子禁制なんですけど…」

麗美が誉を挑発するようにそう言っている横で、あわあわと誉と水着を見比べているゆめか。

ゆめか「えっ、これ、、好き…デスカ」

ゆめかは突然のことに、敬語で意味不明な質問をしてしまうが、誉は答える。もちろん、麗美のことは無視して、ゆめかに。


誉「うん、好き」


そのときの甘い顔を隣で偶然目撃してしまった麗美は、思わず「うぇえ、誰これ」と言って吐きそうな顔をしていた。

一方で、ゆめかは分かりやすく顔を真っ赤にしている。

誉「これ、可愛いエピソード」

誉は後ろを振り返って、立てた親指を顔を真っ赤にしたゆめかの方に向けながら高市と須藤に言う。

高市「あーはいはいごちそうさま」
須藤「今のは聞いた俺が悪いわ」

高市と須藤は呆れた顔でブツブツ言っているが、誉は思い出したように、固まっているゆめかに言う。

誉「あ。でも上に何か着てね?」

ゆめかはコクコクと頷く。

ゆめかは誉が好きだと言った水着と、麗美とお揃いのパーカーのラッシュガードを持つと、レジに向かおうとする。

ゆめか「か、買ってくる!…あ」

ゆめかはレジに行きかけた足を止め、誉にお礼を言う。

ゆめか「迷ってたから、選んでくれてありがとう。……私も好き」

ゆめかが手にした水着を少し持ち上げて笑う。
今度は誉が珍しく顔を赤くしている(ように見える)。

ゆめか「よし、麗美ちゃんレジ行こ」


ゆめかモノローグ(海)
(楽しみと怖いのが半分ずつ)

(みんなと遊ぶのは楽しみ)

会計中、ゆめかはさきほどの麗美との会話を思い出していた。


ーー(回想)ショップでの麗美との会話ーー

麗美「え?好きなんですよね?」
ゆめか「えええええええ」

ゆめかは突然の確信めいた質問に驚いて叫んだが、我にかえり「こほん」とわざとらしい咳払いをすると、気を取り直して当たり障りのない回答をしようとする。

ゆめか「そんなのもちろーー」
麗美「もちろん、異性としてです」

ゆめかを遮って麗美が付け加えたことで、ゆめかは一瞬答えを躊躇するが、麗美の誘導尋問のような会話に、本音をこぼしていく。

ゆめか「………」
麗美「考えたこと、ないんですか?」
ゆめか「…考えないように、してる、が正しいかな」

麗美は黙って聞いている。


ゆめか「10年以上を幼馴染として過ごしてきたから、もし恋愛的な好きだった時に、私たちの関係って終わっちゃうから」

麗美「?なんでですか」
ゆめか「え?何でって、恋人にはなれないし、幼馴染にも戻れなくなるから…」

麗美「…恋人、なれるかもしれないじゃないですか。幼馴染っていう事実も変わらないですし…」

麗美はやや不満そうに言う。

ゆめか「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。それなら私は、幼馴染としてずっと一緒にいられる距離感でいたいって思うの。そこらへん誉は全然分かってくれないけど。それに、本来は誉って私が一緒にいるような人じゃないから」

麗美は「あーなるほど」と言いながら額を人差し指でぐりぐりしていたが、しばらく考えたあと、ビシッと音がしそうなくらい力強く、その人差し指をゆめかに向かって突き立てる。

麗美「ゆめかさんは逃げてます!私も手伝うので、海行く時に、橘高誉のこと、ちゃんと考えてみましょう」

ゆめか「あの、麗美ちゃん、私は…!」

ゆめかが反論する頃には、すでに麗美は鼻歌を歌いながら水着選びに戻っていた。

ーー(回想終了)ーー

◯ファッションビル・水着ショップ出口


ゆめかと麗美がショップの袋を持って出てくる。

麗美「おまたせ」

新しい水着が変えてご満悦な麗美の隣で、ゆめかは誉を見る。

ゆめかモノローグ(この気持ちに向き合うのは怖い)
(複雑で簡単に壊すこともできる)
(深くて脆い関係性)

ゆめかは誉と目が合う。

ゆめかモノローグ(ああほんとに)
(幼馴染なんて呪いだよ)
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