クールな甘音くんが、私推しの読み専になりました。



◇◇◇


 文乃は甘音と共に屋上に腰を下ろし、隣り合って会話を交わす。


文乃「……じゃあ、甘音くん、もともと読み専だったってこと……?」
甘音「……そう。正直ヒマつぶし程度だったけど、それなりに作品数は読んだ」
文乃「そうだったんだ。……なんか意外」

甘音「……そう?」
文乃「うん。……正直、甘音くんのイメージってもっと大人っぽくて華やか、っていうか。芸能人だし」
甘音「……そう?」
文乃「……うん」

甘音「……それを言うなら、こっちも意外だった」
文乃「……え?」
甘音「……柿坂、普段はすっごく大人しそうなのに。……こないだはなんというか、……鬼気迫ってた」
文乃「……あ! うっ……それはその、更新が……」
甘音「……うん、毎日ちゃんと欠かさずに、すごいと思う。……割と初歩的なことだけど、できない作家のが多い。……だから、小説を読んでみて、すごく意外だった」
文乃「……それはその、……好きでやってるから……」
甘音「……そうかもしれない。けど、多分それは、……好きだけじゃできない」

 甘音が向き直り、視線が合う。

甘音「……柿坂自身のがんばりだと思う。……だから」 

 いつも通り優しく微笑んだ甘音。

甘音「…………つづき、楽しみにしてる」
文乃「……っ、……ありが、とう」
甘音「……これからも、がんばって」
文乃「……は、ハイっ。……がんばります……!」

甘音「……どうしても、それだけ言いたかった。ごめん、急に呼び出して」
文乃「……ううん」
  「……嬉しい。……ありがとう、甘音くん」





〇休み時間。文乃と甘音は別々に2C教室に戻り、それぞれの席に着席する。
 が、瞬く間に文乃はクラスメイトに取り囲まれた。

群衆「「「――甘音くんと何話してたの?!」」」
  「「「――まさか、告白じゃないよね!?」」」
  「「「――てかマジどんな関係ッ!!」」」


文乃「あ、や、え、と……大した話じゃ……」
文乃「……ち、違うよ。……そういうのじゃなくて……その」

文乃(上手く言えない。かといって、小説のことはできれば秘密にしたい。……でも、このままじゃ甘音くんに迷惑が……)

群衆「「「ねぇ、早く答えてくれない!?」」」

文乃(どうしよう……っ)


 文乃が思わず俯いて目を瞑った瞬間。

 ガラ、と椅子のずれる音がして。

甘音「……いい加減にしてくれない?――」

 立ち上がった甘音の美声が、クラスにはっきりと響き渡る。

甘音「声をかけたのも連れ出したのも俺だよね。……でも、どうして柿坂にだけ質問するの?」
群衆「「……そ、それは……」」
甘音「……どうしても知りたいなら俺に訊きなよ。彼女じゃなく。それが道理ってもんでしょ?」

 シンと静まり返る教室。誰もがバツの悪そうな顔をする中、一人の女子が意を決した表情で甘音の元に移動し、赤い顔で口を開く。

モブ1「……あの、甘音くんっ」
甘音「……何?」
モブ1「……か、柿坂さんと、何を話してたんですか?」
甘音「――教えない」

群衆「「「……ええッ!?」」」

 その返答に肩透かしを食らったようになる周囲の生徒。甘音は気に留める様子もなく。

甘音「……訊くのも自由だけど、答えるのも自由でしょ? ……それに、わざわざ場所を変えた話を聞き出そうとするなんて、悪趣味じゃない……? 他人に聞かれたくない話くらい、誰にだってあるでしょ。それくらい察してもらってもいいかな」

 甘音の言葉と刺すような強い視線に、皆が押し黙る。
 そんな中で一人、文乃と目が合った時だけ、甘音はかすかにウインクをして見せた。

文乃(……!)


〇回想:文乃『……小説のことは、学校であまり知られたくなくて…』
 回想終了。


文乃(……私の言ったこと、ちゃんと覚えててくれたんだ……)

モブ1「……それは、……そう、ですね、すみません……」
甘音「……他に訊きたい人、いる?」

 誰も答えない。皆気まずそうに視線を外すだけだった。その様子をゆっくり見まわしてから甘音は語調を緩め、

甘音「……いないなら、もういいよね。これでこの件は終わりってことで」

 そう言って甘音は踵を返して自席に戻ろうとする。しかし。

甘音「……あんまり俺の推しを困らせたらダメだよ?」 

群衆「「…………」」



  ((……ん?))


 最後の一言に、一コンマ遅れてみんなが引っ掛かった。

モブ1「……あの、え? え? 甘音くん?」

 先ほど意を決した女子が図らずも困惑の声を漏らすと、甘音は席に戻りかけた上半身をちょっとだけ戻した。

甘音「――何?」
モブ1「今、なんて?」
甘音「……推し?」
モブ2「そそ、それはどういう?」
甘音「……」

 甘音は文乃のほうに顔を向け、小さくほほ笑んだ。

甘音「――俺の、推し」



群衆「「「…………ええ――――――ッ!?」」」

 案の定、クラスが悲鳴混じりの狂躁に包まれたのは、言うまでもなく。




文乃(…………あ、ま、ね、くーーーんっ! 泣)

 文乃は心身共に色んな汗でいっぱいになった。



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