クールな甘音くんが、私推しの読み専になりました。
〇放課後、夕日が周囲の風景を照らす中。帰り道で立ち寄った公園。
文乃は甘音と向かい合い、意を決して口を開いた。
文乃「――ひ、批評がほしくて!」
甘音「………………」
「……それだけ?」
文乃「……え?」
キョトンとした表情の甘音。しかし、次の瞬間には「フフ、く、フフ……」となぜか笑いをこらえている。
文乃「あ、あれ? どうしたの、甘音くん」
甘音「……いーや、悪い。なんでもないよー、フフッ」
言いながらも甘音は、一人で笑ってはいけない選手権を続けている。涙目になりながら、「あー」と声を漏らし、
甘音「――柿坂って、……割ととんでもないところあるよね」
文乃「と、とんでもない!?」
◇◇◇
文乃「それで、……その……、訊かせてもらっても、いいかな? 批評……」
甘音「……え、あ……うーん」
甘音は少し困った顔をして。
甘音「……………ごめん、ムリっ」
文乃「え……ッ!」
甘音「批評ってことは、推しの悪口を言わないきゃいけないんでしょ? そんなの、耐えられない」
文乃「いやぁ、……でも、こうして本人がいいって言ってるので」
甘音「…………」
甘音「…………。じゃあ、正直に言っていい?」
文乃「……ッ、は、ハイ。お願いします」
甘音「……その感性が好きだ。完全じゃない文体も、妙に胸に来る拙い言い回しも、好きだ」
文乃「……や、……なっ」
甘音「……登場人物が好きだ。悪役すらも悪く成りきれない、どのキャラも根底にある優しさみたいなのがにじみ出てるのが好きだ」
文乃「……あの、甘音く……?」
甘音「……行間、あらすじ、コメント、全部。……読者を想って丁寧にしてる心遣いが好きだ。そういうの全部ひっくるめて、……抹茶ココアの小説が好きだ」
文乃「あ、甘音くんッ、……ッ」
あまりの褒め殺しに、からかわれているんじゃないかと。
咎めようとした言葉が、甘音の遠くを見るような嬉しそうな、温かい視線を目の当たりにして、根こそぎ落っこちてしまう。
甘音「……言ったよね? ぜんぶ好きなんだって」
文乃「……全部って、そんな大げさな……」
甘音「大げさじゃないよ。初めて読んだとき、これだ、って思ったんだ。一目ぼれみたいな、直感的で運命的な感じで」
甘音が少しだけはにかんで、笑う。
甘音「柿坂が思ってる以上に、もうとっくに、俺、……抹茶ココア先生の信者だよ?」
文乃「……っ」
甘音「だから、俺は正直、柿坂が考えた続きなら、なんでも面白いと思う」
「仮にどう頑張っても面白くなかったとしても、そんなの問題じゃなくて。だってもう、すでに……好きなんだ」
文乃「…………」
甘音「……なので」
「……申し訳ないけど、俺はそのままの柿坂がいいかな」
目を線にした優しい笑み。学校でも声優の仕事でもみたことがないその表情に、文乃は目を瞠る。
文乃「~~~~ッ、もう、本当にッ。参考に、ならないッ……」
赤面しながら、文乃は視線を落とす。夕日が2人の足元に影を作って重なり。照れとか驚きとか嬉しさとか、色んな感情がごっちゃになった文乃は、なんだか、上手く笑えなくなってしまった。
文乃(ホントにホントに、この人は……ッ)
甘音「……ごめん。力になれなくて」
文乃(……でも)
甘音「今言ったことは、常日頃、思ってることだけど……でも、柿坂の作品を良くしたいって想いには、応えられなかった……それはなんというか、割と結構……悔しい」
文乃(……甘音くんよりもずっと、)
甘音「だからさ、埋め合わせってわけじゃないけど……」
文乃(……その言葉の、挙動のひとつひとつに、……どうしようもなく救われて、ドキドキしてしまう自分が……)
甘音「……週末、ちょっと時間いい?」
文乃(……いちばん、おかしいんだ……)