クールな甘音くんが、私推しの読み専になりました。
〇甘音の家のリビング。革張りのカウチに小さく座った文乃に、甘音がお茶を持ってくる。
甘音「……はい、紅茶」
文乃「…………ありがとう」
甘音「……ごゆっくり」
システムキッチンへ去っていく甘音の後ろ姿を見つつ、
文乃(……あ、甘音くんのお家~~!)
文乃は改めて興奮を爆発させる。
文乃(どこもかしこもピカピカに掃除されてる! インテリアがおしゃれ! なんかいい匂いがするー!)
ソワソワと整った部屋を見回していると、ギャルこと甘音の姉が部屋着に着替えてきた。部屋着とはいえ小顔でスタイル抜群なので、しっかり様になっている。
姉「お待たせー。……えと、柿坂さん? だっけー?」
文乃「あ、ハイ……」
姉「じゃー、かっきーって呼んでいー☆?」
文乃「あ……ハイ……どうぞ」
姉の距離の詰め方に若干たじろぐ文乃。姉は気に留めず、自分の豊満な胸に手を当て。
輝咲「じゃあ、かっきー。改めまして、とーるの姉の甘音輝咲です。こーみえて社会人2年目、といっても個人事業主だけどね。ヨロー」
文乃「よろしくお願いします……えと、個人??」
甘音「……コスプレイヤーなんだ、ねーさん」
いつの間にかキッチンから戻った甘音が、立ったまま話に入ってくる。
文乃「こ、こす!? ……レイヤーさんってことですか??」
輝咲「そ。一応これでも事務所と業務提携してるれっきとしたプロなんだけど。『SAKI様』でSNS検索したら、けっこー出てくるよ。ほら」
差し出されたスマホ画面には、美少女アニメキャラに扮した輝咲がポーズをとっている。
文乃「すごい……か、可愛いですねッ」
輝咲「ありがとー! よかったら、かっきーもフォローしてね☆」
文乃「……でも、そ、そんな輝咲さんに私、一体何の用が?」
甘音「――俺がお願いしたんだ。……ねーさん、今はこんな感じだけど。……前は結構な小説家志望でさ。プロめざして何個も惜しい賞獲って、一時は編集もついて書籍化直前までいったこともあるんだ……」
文乃「え! そ、そうなんですか!?」
輝咲「……あー、そんなこともあったねー。コスプレにハマってすぐ筆置いちゃったから、もう昔のことだけどー」
文乃「でも、そのあとコスプレで事務所って。……き、輝咲さん、ホントにすごい人なんですねッ」
甘音「……ちなみに俺に小説を無理やり読ませて沼らせたのは、この人」
冷静に姉を指さした後、甘音が文乃の顔をそっと見下ろし、
甘音「……柿坂、批評が欲しいんでしょ?」
文乃「あ……」
甘音「俺には無理だけど、……ねーさんなら、参考になるかと思って」
文乃「甘音くん……」
健気な甘音の心遣いに、驚いた様子の文乃。甘音は笑みを作りながら、少しだけ気恥ずかしそうにして言う。
甘音「言ったでしょ、穴埋めするって。ああは言ったけど、俺だって。……少しは、柿坂の小説の役に立ちたいから……」
文乃「……!」
輝咲「とーる! ……だからって、飲み会明けに全部読んでは酷くない? ねーさんだいぶ疲れちゃったよー?」
ブーブーと軽い調子で抗議の声を送る輝咲を、甘音は無視して。
甘音「じゃあ、俺、部屋にいるから、終わったら教えて」
輝咲「ちょっとー! なにそれー」
文乃「……あ、甘音くんは一緒に聞かないの?」
甘音「…………、自分の好きな作品の批評なんて、聞きたくない。……たとえねーさん相手でも、黙って最後まで耐えられるか、わかんないから」
文乃「……ッ」
甘音が廊下の奥に歩いていく。その後ろ姿を見送りながら、輝咲が少しだけ遠い目をして。
輝咲「……あいかわらず可愛くないなー。つか」
一瞬で先ほどの不満そうな調子に戻り、
輝咲「『好きな作品』なんて、わたしですら一度も言ってもらったことなんてないんだけどー? かっきー、ずるくね?」
ぷくー、とほほを膨らませる輝咲。ジト目で文乃を睨みつける。
文乃「あ……、や、その……」
焦った顔の文乃が答えに困っていると、輝咲がため息をついて肩を落とし。
輝咲「まーでも。そんなとーるの口から『面白い』をもらえるなんて、どんな作品かと楽しみに読ませてもらったけども」
文乃「は、ハイ……ッ」
文乃が全身を緊張させる。その様子に気付いた輝咲は、あえてそれを無視して。
輝咲「批評、でいいんだよね? ホントはこういうの、プロでもないわたしが面と向かってするのどーかと思うんだけどー……?」
文乃「も、もちろんです。……作品のため、輝咲さんにお願いしたいですッ」
輝咲「かっきー。……わかった。あくまでも個人の感想だから、完全に鵜呑みはしないでほしんだけどさ……」
文乃の喉がゴクリと鳴る。意を決した表情で固くなる文乃。だが。
輝咲「……んー、正直、がっかりした」
文乃「……え……」
思いもよらない言葉に、文乃は呆然とする。
輝咲「設定は多少面白いと思ったけど、何といっても稚拙な文章表現。文法間違い多いし、会話のテンポも歯切れ悪い。作者が思ってるように表現し切れてない感じがプンプンする。かっきー……ちゃんと推敲してるー? プロットは?」
文乃「……え、あ、……一応、どっちもやってるつもりです……けど」
ドクン、ドクンと心臓が脈打って止まらない。いつの間にか冷や汗がでていた。
輝咲「なら、もう一回やり方見直した方がいーよ。特にプロット。書きたいことに筆力と構成が追いついてない感じ、出ちゃってるよねー。作法とかガイドブックとか、なんでもいいから勉強した方がいいと思う。……こんなこと言いたくないんだけどさー。……途中からけっこー、読むの苦痛だったよ?」
文乃「……ッ、ご、ごめんなさい」
泣きそうになるのを、ぐっと堪える。ズキンズキンと胸が痛むのを必死に誤魔化そうとしていると、
輝咲「あとさ、もうひとつはもっと確信的なことなんだけど……」
輝咲の綺麗な唇から続いたのは、文乃へ追い打ち。
輝咲「――かっきー、男の子と恋愛したことないでしょ?」
文乃「……え……?」
文乃の顔から完全に表情が消える。