クールな甘音くんが、私推しの読み専になりました。


〇甘音宅のマンションからの帰り道。歩道をうつろに歩く文乃を、甘音は隣で心配そうに見つめていた。 
 脇道へ左折しようとする車が来ても、文乃は気づかずに進み続けて……、

甘音「……柿坂危ないッ!」

文乃「あ――ッ!」

 甘音が手を引いて制止してくれたおかげで、文乃は車にギリギリ接触しないで済む。

文乃「ご、ごめんなさい……」
甘音「…………」

 甘音は文乃の様子を少し見つめてから、

甘音「……少し、寄り道しない?」



〇公園のベンチに並んで腰かける二人。ちょうどお昼時のせいか、人はまばらだった。

甘音「……柿坂、……ずっと上の空だね。ねーさんと話してからずっと」
文乃「…………」
甘音「……もしかして、何かひどいこと、言われた? もしそうなら俺……ねーさんに文句言ってくる」

 視線をすっと鋭くして、厳しい表情で甘音が言う。

文乃「ううんッ、違うの。輝咲さんは悪くないよッ。……悪いのは、努力を怠ってた私のほうだから……」
甘音「……努力? 柿坂が?」
文乃「……うん。……わかってはいたんだけど……、やっぱりプロットとか勉強し直した方がいいって。……すっごく的確なアドバイスだと思うから、輝咲には感謝したいくらい……」
甘音「……でも、なら……ッ」

文乃「……こうも言われたの。『男の子と恋愛したことないでしょ?』って。……すっごく図星。……私ね、昔、小説のことをある男の子にバカにされて。……それ以来ずっと、男の子が苦手だったの……」
甘音「……苦手? 男子が?」

 目を見開いて驚く甘音に、文乃はうなづいて続ける。

文乃「……だから今、こうやって甘音くんとお話してるの自体、奇跡みたいなものなんだけど……」
甘音「…………」

文乃「……そんな私が、現実の恋愛なんてできるわけもなくて。小説とか、少女漫画に出てくる恋に憧れて、妄想して。……リアルでは男の子と話すことすらできないのに。あくまで『創作』で『願望』だからって、ずっと避けたままになってた……」

 ついに文乃は俯いて両手で顔を覆い、

文乃「……私、甘音くんに面白いって言ってもらえて、嬉しくて、どこか思い上がってたんだ……」

甘音「柿坂……」

文乃「……ごめんね、甘音くん。せっかく作品を好きだって、役に立てばって、言ってくれたのに。……でも私なんかにはきっと、恋愛の小説を書く資格なんて……」


甘音「――じゃあ、……俺で確かめてみる?」


文乃「…………え?」

 顔を上げた文乃の目には、涙が滲んでいた。その瞳を甘音が真剣な様子で見つめる。

甘音「男子のこと、恋愛のこと、柿坂が知らないこと、全部。……確かめてみる? ……俺で」

文乃「……ッ! え、あ、あの、それってッ!?」

甘音「…………もちろん、付き合うとかじゃないッ。……なんだか、とってつけたようだし。……そんなおこがましいことは考えてない。……ただ」
  「『協力関係』というか。……もし柿坂に好きな人がいたら、失礼なこと言ってごめん。……でも、もしそうじゃないなら、俺のためにもなることだから、こっちからもお願いしたい」

文乃「……甘音くんのため?」

  甘音を見上げて聞き返す文乃。甘音はその視線を一度受け止めてから、ゆっくりと口を開く。

甘音「……さっき、自分に恋愛の小説を書く資格がないって言ってたけど。それなら俺もだよ。……俺には恋愛を演じる資格がない。……だって」

 甘音が恥ずかしそうに視線を逸らし、

甘音「……実は俺も、女性経験とか、全くないから」

文乃「……ふぇ?」

 間の抜けた顔で変な声を出す文乃。甘音は心なしか少し頬が紅潮し、

甘音「ウソじゃないよ。……そしてそれは、声優として致命的な欠点だ」

 遠くを見ながら話す甘音はこころなしか、悔しそうに見える。

甘音「……この前収録の後、飲み会があってさ。もちろん俺は飲んでないけど。音響監督と演技について話したんだ。そこで、さっきの柿坂と同じこと言われてさ」
  「若い男の声優なんていくらでもいるし、その中で生き残っていくためには、なりふり構わずに引き出しを増やしていかなきゃいけない」
  「……だから、恋愛を確かめることは、俺にとっても価値があることなんだ。柿坂を応援する気持ちと同じくらい、……俺は、自分のためにそれをしてみたい」

文乃「……甘音くん……」
甘音「……柿坂はどう思う?」

文乃「…………」
  (……私、ずっと逃げてきた)

甘音「……お互いにとって、損はないと思うけど」

文乃(……男の子、作法、プロット。……今まで、苦手なことから逃げてばかりだった。……けど)

甘音「……それとも柿坂、好きな人いる? それなら……」

文乃「――あ、甘音くんッ!」

甘音「……!」

文乃「……わたし、小説の上手な書き方も、男の子のことも、恋愛もッ! 何もかも、わからないことばかりだけどッ、……でも、わからないからこそ、確かめてみたい!」

 不安とそれに勝る好奇心に突き動かされ、文乃の真剣な声が響く。


文乃(……甘音くんと、一緒なら。甘音くんが応援してくれるならッ)


文乃「――だから、お願いしても、いいかなッ!!」


(……何でも、できる気がするから)



甘音「…………」

 文乃の真剣さに圧倒されるように、驚いた顔の甘音。ゆっくりと表情が和らぎ、微笑みに変わる。

甘音「……やっぱり、柿坂はすごいね」
文乃「?」
甘音「……さすがは俺の推し、抹茶ココア先生だね。柿坂」
文乃「……え、あ……」  

 身体を緊張させる文乃に、甘音が手を差し出して。

甘音「……抹茶ココ……いや、柿坂。……これから、よろしくね」

文乃「…………うんッ」

穏やかな笑みを見せる甘音に、文乃が満面の笑みで笑い返し、甘音と握手をする。しかし、その握手が終わらないままに、甘音は文乃の手をとって。

甘音「じゃあ、さっそくいこっか?」

文乃「行くって……どこに?」
  
 振り返った甘音は、歯を見せて笑う。

甘音「……デート!」

文乃「……ッ!」

 文乃の手をつないで歩き出す甘音。文乃は赤面しつつ、甘音に続いた。


 ◇◇◇

  
 甘音に手を引かれて歩く文乃。ふいに他校の制服を着た、一人の男子生徒とすれ違う。


男子生徒「……かきさか、ふみの……?」





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