恋はひと匙の魔法から
「ごめんなさい。兄が変に突っかかっちゃって……」

 店の外で待ってくれていた西岡と共に彼の車へ乗り込むと、透子は深々と頭を下げた。
 
 出会い頭に喧嘩を売られるなんて、災難としか言いようがない。本当に、兄の所業が恨めしい。透子だってもういい大人なのだから、変に干渉せず静かに見守っていてほしいと思う。切実に。
 その時、項垂れていた透子の頭部が、コンコンと軽く小突かれた。

「別に気にしてないよ。けど、透子さぁ。なんで俺のこと普通にお兄さんに紹介してくれなかったの?」

 非難がましい声が聞こえて、透子はパッと顔を上げた。
 すると、西岡はらしくない子どもじみた表情を浮かべ、半眼で恨めしそうに透子を睨め付けている。

(なんか、拗ねてるみたい……)

 西岡がそんな些細なことで機嫌を損ねるとは思えないが、一度意識してしまうと彼の表情は拗ねてるようにしか見えなくなる。
 可愛らしくて、思わず笑みをこぼしてしまう。
 
「何笑ってんの?」
「いえ……。あの、怒ってます?」
「怒ってはないけど。で、透子は俺と付き合ってるの知られたくないってこと?」
「そういうわけじゃないんですけど。ただ、あの……兄にバレると親にも筒抜けなので、連れて来いとか面倒なこと言われちゃうので……」

 娘がこんなイケメンの彼氏を連れてきたら、母親が大興奮で微に入り細に入り西岡を質問攻めにすることだろう。そんな事態になったら申し訳なさすぎて、穴に埋まってしまいたくなる。
 だが、西岡はさして気にした様子はなくあっけらかんとしている。
 
「別に俺は構わないけど」
「ええっ!うちのお母さん、多分すっごい騒ぎますよ。絶対やめた方がいいです。後悔すると思います」
「そう言われると余計会いたくなってくるな」
「ええぇ……」

 なんという物好きな……。
 透子が唖然としていたその時、カーナビを操作しようと伸ばした西岡の左手に、夥しい数の絆創膏が貼られていることに気がついた。透子は驚きのあまり目を瞠る。

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