恋はひと匙の魔法から
「これ、全部自分で作ってんの?」
「あー……はい。作り置きとか夜ご飯の残り物とかですけど」
「マジか、すごいな」
「いえ、全然そんな、大したものじゃないですよ」
自分の表情筋が引き攣れているのが、嫌というほどに感じる。
毎日頑張って作っているので褒められて嬉しい気持ちもあることにはあるが、それ以上に注目を浴びたくないという気持ちが優っている。
そんな透子とは対照的に、水卜は人好きのする笑みを浮かべて、透子の肩をポンと叩いた。
「ご謙遜を。撮影チームに、今度の動画は透子シェフでお願いしますって言っとくから。よろしく、透子シェフ」
『ルセッタ』の動画内で調理を担当しているのは、管理栄養士などの資格を有したプロだ。素人である透子に務まるものではない。
ハハハ、と乾いた笑みでその冗談を躱していたが、次の瞬間ギョッとした。水卜がスマートフォンを取り出して透子の弁当の写真を撮り出したのだ。
「なっ、何してるんですか!」
「取り敢えず浪川ちゃんにチャット送っといた。おっ、早速返事きた。撮影いつにします?だって。いつがいい?」
ケラケラと笑いながら、水卜がスマートフォンの画面をこちらに向ける。
動画の撮影スケジュールを取り仕切る浪川からの返信には、大量のびっくり顔の絵文字が、冗談とも本気ともつかない文面と共に添えてあった。完全に面白がられている。
この会社の人間は総じてバイタリティがあるので、こういった遊びもちゃっかり業務に仕立て上げて実行したりするから油断ならない。
「いや、やらないですって」
「またまた〜」
「透子がいなくなると俺が困るから、それは却下」
頭上から降ってくる心地の良い低音に、透子の心臓がピクンと反応を示す。
今まで静観を決め込んでいた西岡が腕を組んで、呆れ気味に横目で水卜へ視線を送っている。
透子は自分の頬に熱がジワジワと集まるのを感じていた。
冷淡そうに見えるのに、絶妙なチョイスで放たれる言葉がこうして透子の胸をキュンキュンと刺激してくる。非常に厄介である。
「CEOのNGなら仕方ないな。じゃあ西岡、さっきの件、開発チームに伝えとくわ」
「ああ、頼んだ」
「透子ちゃんもまたね」
肩を竦めてみせた水卜は、あっさりと前言を撤回した。手をひらりと振ると、スタスタとその場を去っていく。
緊張状態が解けて、透子の肩にどっと疲労がのしかかる。
水卜の目に透子への侮蔑の色はなかったし、透子の弁当の大きさなんて気に留めてすらいなかったのかもしれない。
そうであっても、無意識のうちに体が強張ってしまうのだ。自分の中に根付くトラウマは、熟成されていることも相まって意外と根深い。
「あー……はい。作り置きとか夜ご飯の残り物とかですけど」
「マジか、すごいな」
「いえ、全然そんな、大したものじゃないですよ」
自分の表情筋が引き攣れているのが、嫌というほどに感じる。
毎日頑張って作っているので褒められて嬉しい気持ちもあることにはあるが、それ以上に注目を浴びたくないという気持ちが優っている。
そんな透子とは対照的に、水卜は人好きのする笑みを浮かべて、透子の肩をポンと叩いた。
「ご謙遜を。撮影チームに、今度の動画は透子シェフでお願いしますって言っとくから。よろしく、透子シェフ」
『ルセッタ』の動画内で調理を担当しているのは、管理栄養士などの資格を有したプロだ。素人である透子に務まるものではない。
ハハハ、と乾いた笑みでその冗談を躱していたが、次の瞬間ギョッとした。水卜がスマートフォンを取り出して透子の弁当の写真を撮り出したのだ。
「なっ、何してるんですか!」
「取り敢えず浪川ちゃんにチャット送っといた。おっ、早速返事きた。撮影いつにします?だって。いつがいい?」
ケラケラと笑いながら、水卜がスマートフォンの画面をこちらに向ける。
動画の撮影スケジュールを取り仕切る浪川からの返信には、大量のびっくり顔の絵文字が、冗談とも本気ともつかない文面と共に添えてあった。完全に面白がられている。
この会社の人間は総じてバイタリティがあるので、こういった遊びもちゃっかり業務に仕立て上げて実行したりするから油断ならない。
「いや、やらないですって」
「またまた〜」
「透子がいなくなると俺が困るから、それは却下」
頭上から降ってくる心地の良い低音に、透子の心臓がピクンと反応を示す。
今まで静観を決め込んでいた西岡が腕を組んで、呆れ気味に横目で水卜へ視線を送っている。
透子は自分の頬に熱がジワジワと集まるのを感じていた。
冷淡そうに見えるのに、絶妙なチョイスで放たれる言葉がこうして透子の胸をキュンキュンと刺激してくる。非常に厄介である。
「CEOのNGなら仕方ないな。じゃあ西岡、さっきの件、開発チームに伝えとくわ」
「ああ、頼んだ」
「透子ちゃんもまたね」
肩を竦めてみせた水卜は、あっさりと前言を撤回した。手をひらりと振ると、スタスタとその場を去っていく。
緊張状態が解けて、透子の肩にどっと疲労がのしかかる。
水卜の目に透子への侮蔑の色はなかったし、透子の弁当の大きさなんて気に留めてすらいなかったのかもしれない。
そうであっても、無意識のうちに体が強張ってしまうのだ。自分の中に根付くトラウマは、熟成されていることも相まって意外と根深い。