恋はひと匙の魔法から
 これ以上誰かに見つかる前にさっさと食べてしまおう。
 そう思って再度箸を手に取るも、妙に視線を感じる。不思議に思って顔を上げると、何故かまだ透子のデスクの側に立っていた西岡と目が合った。
 
 もしかして、何か用があるんだろうか?
 透子はまたもや箸を置いて、西岡へ向き直って尋ねるが、彼は歯切れ悪くそれを否定する。
 いつものはっきりした物言いとは異なる、煮え切らない彼の態度に透子は首を傾げる。
 西岡の視線の先を辿ると、彼の目は透子、というより透子の弁当をジッと写している。その瞬間、彼の心境を悟った。
 
(こいつどんだけ食べるんだよって思ってる……間違いなく……)
 
 目の前で淡い恋がむざむざと散っていく。透子は羞恥で赤らんだ顔を伏せた。
 
 もしかしたら報いのない恋と決別するいい機会なんだろうか。綺麗すっぱり諦めろという神の思し召しなのかもしれない。
 確かに、元彼のように西岡から白い目で見られたら……計り知れないほどの精神的ダメージを負って、それから一縷の望みすらないことをまざまざと思い知ることだろう。
 透子は胸の痛みを誤魔化すように、ヘラリと力なく笑った。

「すみません、お見苦しいところをお見せして。すぐ食べ終わりますので……」

 せめてもと、先んじて詫びておく。
 しかし、肝心の西岡の反応はというと、訝しげに柳眉をひそめていた。思っていた反応と違うことに透子は戸惑う。

「見苦しいって何が?」
「えーっと、あの。私、多分人より食べる量が多いので、その、お目汚ししちゃうかなと……」
「そう?別に普通だし、見苦しくなんてないと思うけど」
「そ、そうですかね……?」

 そんなことはないと思うが、恐らく西岡の気遣いだろう。
 だが西岡は透子のお弁当の大きさを不愉快に思っていないようだった。ホッと胸を撫で下ろしたところで別の疑問が湧く。
 じゃあ、どうして透子のお弁当をいつまでも見ているのだろう。
 透子は首を傾げつつ、自分の手元と西岡へ交互に目を向ける。
 すると、西岡は目を泳がせながら気まずげに口を開いた。

「いや、ただ単に美味そうだなって思って……」
「――――へっ?」

 拍子抜けして、透子は椅子の背もたれにダラリと身を投げ出しそうになった。
 まさかそんな理由だったとは。
 強張っていた透子の表情筋が緩み、ふふっと小さく笑いがこぼれそうになる。

(お腹空いてるのかな?西岡さん)

 大いに気が抜けていたのだろう。気づけば思ったことがそのまま口を突いて出ていた。
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