恋はひと匙の魔法から
「もしよろしければ、少し召し上がりますか?」

 全て言い終えてから透子はハッと我に返った。

(なに馬鹿なこと言っちゃってるのよ、わたしー!西岡さんがそんな食い意地張ってる訳ないでしょうに!)
 
 現に西岡は呆気に取られた様子で目を見開いている。透子は自らの失態をそれはもうはっきりと自覚した。顔から血の気が引いていく。
 取り敢えず弁明をしようと透子が言葉を発するより前に、西岡が口を開いた。

「…………いいの?」
「えっ?あ……それは、もちろん……」

 聞き間違いだろうか。透子のお弁当を食べたいと言ったように思える。
 戸惑いながら頷くと、彼の硬質な表情がほんの僅かに和らいだ。西岡が本当に透子のお弁当を食べたいのだと分かり、心臓が早鐘を打ち出す。
 緊張でぎこちなくなりながらも、透子は西岡の方へ弁当と予備の割り箸を差し出した。

「あの、どれでも、好きなやつをどうぞ」
「…………じゃあ卵焼きだけ」

 控えめに言った西岡は箸でヒョイっと卵焼きを一切れ摘み、口に運んだ。
 すると、すぐさま「美味い……」と感じ入った声が降ってくる。
 ホッとした透子が顔を綻ばせて仰ぎ見ると、西岡が割り箸の先を瞠目していた。まるで生まれて初めて卵焼きを食べたような表情だ。
 大袈裟な彼の表情に透子はクスッと笑った。
 自惚れではなく、彼が美味しく感じるであろうことは予め分かっていたが、それでも美味しいと喜んでもらえるのは嬉しい。

「よかったです。もっと召し上がっても大丈夫ですよ?」
「いや……でも、それだと透子の分が減るだろ」
「たくさんあるから気にしないでください」

 常々、余計なお世話ながら西岡の食生活を案じていた身としては、是非ともここで栄養を摂取していただきたい。
 ずずいっと彼の前に弁当を押しやると、西岡は躊躇いがちに卵焼きの横にある、いんげんと人参の肉巻きにも箸を伸ばした。
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