恋はひと匙の魔法から
 西岡に弁当をお裾分けするという珍事が起きた翌日。
 透子はやはり今日も変わらず面倒なエレベーターの乗り継ぎをして、最上階のラウンジで昼食をとっていた。
 大食いはバレたものの、やはり知り合いに囲まれた場でいつも通り食べるのは未だ抵抗がある。それに、上司が片手間でコンビニおにぎりを食べている傍らで、弁当箱を広げてのんびりランチをするのは気が咎める、というのも理由の一つである。

 オフィスフロアに戻り、自席に辿り着くと、ちょうど同じタイミングで顔を上げた西岡とパチリと目が合った。心なしか、昨日からよく目が合う気がする。

「今日は外でランチ?」
「いえ、昨日と同じでお弁当です……」

 そんなことを西岡から今まで尋ねられたことがなかった透子は密かに驚いていた。透子に対して個人的な興味を持ってもらえているようでそわそわと心が浮き立つ。
 一方、西岡は透子の返答が意外だったようで首を傾げていた。
 
「弁当なのにどこで食べてんの?」
「えっと、ラウンジです。最上階の」

 バッグを机に置きながら上の方を指差して答えると、西岡が驚いたように目を見開いた。

「わざわざあんなとこまで行ってんの?遠くない?」
「あー……そうですねぇ……。あ、でも人少ないですし、景色見えるから結構いいですよ」

 ラウンジに行く本当の理由ではないが、これもまた嘘ではなかった。実際、オフィスに篭りきりでいるよりも、気分転換にはなっている。
 透子がそう話すと、西岡は眉間の皺を解いて表情を和らげた。
 
「それならいいけど……。もしかして、俺に気を遣って、外で食べてたりもする?」
「……そう思われるなら、お昼休みくらいはきちんと取っていただきたいんですけど」

 半分言い当てられて透子の肩がピクっと揺れた。動揺を誤魔化すように、過剰労働気味の上司に釘を刺す。それに対する彼の答えは、「うん、まあ、そのうち」とあまり期待できそうにないものだったが。
 透子は苦笑しながら席に着き、パソコンのスリープモードを解除する。昼休みの間にきていたメッセージを確認していき、頭の中で予定を組み立てていると西岡に再度呼びかけられた。

「はい、なんでしょう?」
「…………あっ、と……次のミーティングって何時からだっけ?」
「十四時からアズの峯岸様とオンラインミーティングの予定です。会議室もDを確保しています」
「あ、うん。ありがと。了解」

 カレンダーに記載した予定を読み上げると、西岡は目線を透子から外しながら頷いた。
 いつも自ら予定を確認している彼が、わざわざ透子に口頭で尋ねてくるのは珍しい。だが、話のついでと思えば納得がいく。
 西岡がデスクに向き直ったことを確認し、透子もまた仕事に戻った。
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