恋はひと匙の魔法から
 苦笑しながら透子は西岡の言葉を否定する。

「全然、そういうこだわりみたいなのはないんです。ただ……人前でたくさん食べるのが、ちょっと恥ずかしいってだけで……」
「恥ずかしい?」

 理解し難い、といった表情で西岡が首を傾げた。
 
「女であんまりたくさん食べるのって、変じゃないですか……だから、外ではその、控えてて……」

 自分の言葉で古傷がえぐられ、心が折れて言葉尻が消え入りそうになっていく。
 それでも場の空気が沈んだものにならないよう笑顔を作ろうとするも、どうしても頬が引き攣りぎこちないものになってしまう。
 上手く振る舞えない自分にまた情けなくなっていると、西岡は「女だから、ねぇ……」と苦々しく呟いた。

「……そういえば、前も見苦しいとか言ってたけど、親御さんがそういう教育方針だったとか?」
「い、いえ……そういうわけじゃないんですけど……」

 透子の両親も大食いである。そんな教育方針は掲げる前にゴミ箱へ捨てるに違いない。
 もちろん、そんなことを西岡に言うつもりもない。透子は曖昧に笑うのみだ。
 
「じゃあ、もしかして、誰かに何か言われた?」
「えっ」

 言い当てられた透子は思わず身を強張らせた。その反応を肯定と受け取った西岡が眦を吊り上げる。

「社内の人間?それだったら今度それとなく注意しておくから」
「違います!……その、元彼に……」

 このままだと無関係な人間が叱責されてしまうと恐れた透子は、とつとつと昔大食いが原因で振られたことを西岡に話した。 
 流石に自分で「キモい」というのは躊躇われて、極力オブラートに包みながら。
 なるべく笑い話に聞こえるように話したつもりだったが、そんな透子の思惑に反して西岡はしかめ面のままだ。

「…………そいつ、最低だな」
「へ?」
「別れ話とはいえ、一度でも好きだった相手を貶めるような奴なんて、最低以外の何者でもないだろ。ちゃんと引っ叩いてやった?」
「ま、まさか……。でも、もしかしたら彼の方も私に一言物申したかったのかも……」

 終わり方こそ最悪だったが、それまでの彼は、優しいごく普通の彼氏だった。だから彼の許容範囲を超えてしまうほど、透子の食い意地の張り方が醜かったのかもしれない。
 透子はハハッと力なく笑った。
 あの時の、蔑むように冷え切った彼の目が未だに透子を睨みつけている。
 そんな過去に囚われたままの透子を引き戻したのは、西岡の力強い声だった。
 
「万が一そうだとしても、付き合っている時にそう言えばいい話だ。わざわざ別れ際に言うってことは、ただ透子を傷つけたかっただけだろ。悪意しかない。そんな奴の言葉に、透子が気に病む必要なんてないよ」
「そう、ですかね……」
「少なくとも俺は、変とか見苦しいとか、そんな風には思わない」 

 その声色には優しさが乗っていて、無数の小さな傷がついた透子の心が慰撫される。体内の水位が迫り上がりそうになり、透子は必死で堪えた。
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