恋はひと匙の魔法から
「美味そうに食べるね」

 頬杖をついた西岡がジッとこちらを見つめている。その瞳は妙に生温かい。
 透子は急に恥ずかしくなって箸を置き、俯き加減に西岡へ視線を送る。

「そんなにがっついてました……?」
「違うよ。……なんというか……あー……見ていて気持ちが良いってこと」

 首筋に手を当て、西岡は適切な言葉を探して視線を彷徨わせた後でそう言った。
 
 昔、食いしん坊を売りにしているタレントが大口を開けてケーキを食しているのをテレビで見た時、透子は西岡と同じことを思った。
 例えて言うなら、飼い犬や子どもが夢中でごはんを食べているのを眺めるような、そんな微笑ましい気持ちだった。
 それって、女として手放しで喜んでいいことなのか――多分、違う。
 
 しゅるしゅると静かに意気消沈した透子は、また麺を啜った。
 西岡に振り向いてもらいたいと一念発起したはいいものの、先は長そう、というか見込みが薄そうである。

(ごめん、夕貴……なんか早くも挫けそう……)

 透子の背中を押してくれた親友に、心の中で自らの不甲斐なさを詫びる。
 そして、そんな憐れな自分から逃避するように、今度はワンタンを一口。安定の美味しさだ。
 現金なもので、今さっきまでしょぼくれていた透子の唇が自然と弧を描いた。美味しいものはやはり偉大である。

「やっぱり、透子はそうやって笑顔で食べてる方がいいよ」

 顔を上げると、目を細めた西岡と再び視線が絡み合う。
 何気ない一言。けれどもその言葉は、傷を抱えた透子を肯定し、優しく包み込んでくれる。
 穏やかな熱が透子の全身をゆっくりと巡っていくのを感じた。
 
 無自覚で、透子を深みに嵌らせていくその優しさが、今は少し恨めしい。その気がないなら優しくしないで!と八つ当たりで身勝手に叫んでしまいたくなる。
 我ながら、面倒くさいことこの上ない。きっと二年も片想いを拗らせているせいだ。
 自らに向けて嘆息した透子は西岡へぎこちない笑みを返して、また麺を啜った。
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