恋はひと匙の魔法から
 無事にワインも買えた、というより買って貰ったので、透子の用向きはこれにて終了だ。同じく買い物を終えたという西岡と共に出口の方面へと歩いていく。

「西岡さんはこの後、どなたかと待ち合わせなんですか?」

 少しドキドキしながら聞いてみた。
 この後あのお洒落な高級マンションに戻って、誰かとこのシャンパンを酌み交わすのだろうか。その相手は……女性?もしかしたら、相手の家へ行く際の手土産かもしれない。
 もしそうだとしたら少し、いや、かなり打ちのめされそうだ。
 だが、返ってきた答えは透子の予想を良い意味で裏切ってくれた。

「いや、特に何も。これは今度、母親の誕生日だから買っただけ」
「そうなんですね」

 平板な声で、西岡は右手に持ったシャンパンボトルの入ったビニール袋を軽く持ち上げた。
 シャンパンのプレゼント先が恋人候補でないことが分かり、心に余裕を取り戻した透子は笑顔で相槌を打つ。
 
 その刹那、脳裏で親友の言葉がふとよぎった。

『料理で釣って、さり気なく家に誘っちゃえば?案外ついてくるかもよ?』

 透子はハッとする。
 この状況はまさに、それなのでは……。
 西岡はこの後特に予定はないと言う。ワインを奢っていただいたのでお礼にピザをご馳走します、なんていかにも理由としてちょうどいい。
 
 透子自身に興味はなくとも、魔法で美味しさが裏付けされた透子の手料理になら釣られてくれる可能性は大いにある。
 魔法の料理で惑わして家へ誘う。まるでヘンゼルとグレーテルに出てくる魔女のようだ。
 小狡い己のやり口と、そんな手段に頼りきるしかない自分が不甲斐ない。
 けれども透子の武器はそれしかないのだ。どうせこのまま躊躇したところで生まれるものは何もない。それなら使えるものはなんでも使って玉砕した方がはるかにマシに思えた。
 きっと普段の透子なら何かと理由をつけて二の足を踏んだことだろう。休日に好きな人に偶然出会えたという幸運で、透子の心はハイになっていた。
 後ろめたさをかなぐり捨て、緊張で舌が渇ききる前に思い切って声を上げる。

「あ、あの!」
「ん?」
「この後もしお暇だったら、一緒にピザ食べませんか?ワインも買っていただきましたし、その、ご馳走します!」

 心臓が早鐘を打つ。何ならここ数年で一番緊張している気がする。
 透子の顔はこれでもかと真っ赤に染まっていた。興奮しているためか、頭に血が昇ってクラクラする。
 言い切った達成感で胸がすく思いでいたが、一方西岡は虚をつかれて返答に困るといった具合の、明らかに戸惑った表情をしていた。
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