恋はひと匙の魔法から
 それを見て、透子の顔面から一瞬にして熱が消える。
 予定がないと言っても、休日にわざわざ仕事の部下と一緒に過ごしたいとは思わないだろう。そんな単純明快なことにすら思い至らなかった自分は、相当浮かれていたらしい。
 忸怩たる思いが胸を占め、透子は睫毛を伏せた。居た堪れなくなって、今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られていると、西岡が重たい口を開いた。

「…………いいの?」
「え?……そ、それはもちろん」

 想定外の答えが返ってきて、透子は呆気に取られながら頷いた。
 すると西岡が天井を見上げて何やら逡巡する素振りを見せる。その間は十秒にも満たない短いものだったが、透子にとっては永遠にも感じられた。
 不安に苛まれながらじっと棒立ちになって見守っていると、「じゃあ、お邪魔しようかな」と遠慮がちな声が降ってくる。

 望んだ通りの展開になったというのに、透子の心は不安で揺れていた。
 もしかして、強引にしすぎて断れなかったんだろうか。透子の必死な様子に哀れみを覚えて、話に乗ってくれたのかもしれない。
 マイナス思考にすっかり囚われた透子とは裏腹に、西岡は「それだけだと足りないから、もう一本酒買っていい?」と、先程までの躊躇はどこへやら、意外にも乗り気な態度を見せている。
 彼の考えがよく分からない。
 透子は困惑しながら、西岡に先導されついさっき去ったばかりのワイン専門店へ戻るのだった。

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