恋はひと匙の魔法から
 冷蔵庫から発酵させていたピザ生地が入ったボールを取り出しながら、そっと背後を見やる。
 彼はダイニングの中央に置かれたローテーブルを前に胡座をかいて、スマートフォンを操作していた。
 オフィスでは決して見ることのできないリラックスした彼の姿に、胸がそわそわとして落ち着かない。伏せられた切長の瞳からは色気が醸し出されているようにも見えて、透子は慌てて己の色気づいた思考を頭から追い出した。
 深呼吸で忙しなく脈打つ鼓動を宥めすかすと、平静さを取り繕って西岡の元へ戻った。

 透子がローテーブルでピザの成形をし始めると、西岡はしきりに透子の手元を観察しては感嘆の声を漏らしている。
 好きに過ごしてもらって構わないと伝えたが、ピザが出来上がる過程を見たいらしい。熱心に注がれる眼差しに面映さを覚えつつ、透子はひたすらに手を動かした。

「透子は本当に器用だな。俺には絶対無理だ」
「そんなことないですよ。捏ねてるだけですし」

 手のひらで膨らんだ生地を伸ばしながら苦笑する。捏ねて伸ばすというなんの技術もいらない単純作業だというのに大袈裟だ。
 けれども西岡が「俺なら絶対粉々に引きちぎれてる」と辟易して続けて言うものだから、とうとう声を上げて笑ってしまった。確かに、彼は不器用な方だ。
 
 二枚分のピザ生地を伸ばし終えると、予め作っておいたトマトソースを塗りその上にそれぞれ具材を乗せる。一枚はシンプルに、バジルとチーズを乗せただけのマルゲリータ。もう一枚はパプリカとズッキーニ、揚げ茄子、ブロッコリーを乗せた菜園風ピザだ。予熱したオーブンレンジへ二枚とも投入する。
 
 ピザを焼いている間、待ちきれない二人はひと足先に飲み始めることにした。
 家を出る前に作り終えていた冷菜――カプレーゼと、野菜のピクルス、帆立のカルパッチョ、それにシーザーサラダ――を冷蔵庫から出してテーブルに並べる。
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