恋はひと匙の魔法から
 ワイングラス代わりのタンブラーには、澄んだ色の液体が芳醇な香りを放ちながら揺れている。互いのグラスを近づけてカチンと鳴らし、ささやかな乾杯をすると、透子は西岡おすすめの白ワインを口に含む。
 甘口ながらもさっぱりとした味わいで、とても飲みやすい。透子は目を輝かせた。
 以前飲んだことのあるワインは喉に引っかかるようなえぐみがあったが、これはするりと喉を通っていく。つい、続けて二口飲んでしまうほど美味だった。
 透子は嬉しくなって、はしゃいだ声を上げる。

「これ、美味しいですね!」
「それはよかった。けど、飲みすぎないように」
「はい」

 先んじて嗜められ、透子は苦笑しながらまた一口飲もうと傾けていたグラスを机に置いた。
 口寂しさを紛らわすようにピクルスを摘んだ。西岡も料理をに箸をつけ始めていて、彼は一口食べるごとに「美味い」と噛み締めるように呟いている。

「透子の料理は本当、めちゃくちゃ美味いな。レストランより断然美味いよ。今まで食べた中で一番美味い」
「えへへ」

 そこまで手間のかかった品は用意していなかったが、褒められると嬉しい。好きな人からなら尚更。
 アルコールの効果も相まって、透子はふにゃりとだらしなく笑った。

「こういうのって誰かに習ったの?親?」
「私はおばあちゃんに教わりました。うち、実家が定食屋さんで親がずっとお店にいたんで、ほとんど祖母に育てられたんです。その時に仕込まれて……中学生くらいには一通り作れるようになってましたね」
「偉いな。俺なんて中学の頃、米炊くのすら面倒くさがってたよ」
「ふふ。でも多分、それが普通ですよ」

 透子の場合は料理が常に身近にあったからだ。それに魔法頼みはよくないという祖母の教育方針の賜物である。ごく普通の中学生なら、西岡のように面倒だと思うのが大半だろう。
 それでも西岡が、眩しそうに目を細めて見つめてくるものだから、透子の心臓は再び落ち着きをなくしていく。彼の瞳を直視できずに視線を彷徨わせた透子は、赤くなった頬を誤魔化すようにワインをまた飲んだ。
 
 その時、オーブンレンジから焼き上がりを告げる音が鳴り、透子はこれ幸いとばかりに腰を上げた。
 しかし機先を制するように西岡が先に立ち上がったため、透子は中途半端に上げた腰を再び下ろした。手持ち無沙汰になり、タンブラーの中で揺れるワインをぐっと飲み干す。

(明日絶対、二日酔いするだろうなぁ……)
 
 いつもよりペースが格段に早い自覚はある。それでも今は酒に呑まれた方が平常心を保てる気がした。
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