恋はひと匙の魔法から
 私も好きです――そう思いの丈を吐露しようとした刹那、コンコンとノックの音が二人の間に飛び込んできた。

「西岡さーん、移動お願いしまーす」

 間伸びしたスタッフの声が扉越しに聞こえてきて、その瞬間、透子はビクンと大きく肩を揺らした。
 慌てふためきながら急いで西岡の膝から飛び退くと、よほど挙動不審だったのか、その様子を見ていた西岡が喉を鳴らして笑っている。

「慌てすぎ」
「だっ、だって、こんなところ見られたら……」
「その時はその時でいいよ」

 よくないです!と声高に反論したかった。だが、もちろんそんな暇はない。
 ぐぬぬと唇を噛み締めると手早く荷物をまとめ、西岡の後に続いて楽屋を出た。


 スタジオに入り準備を終えた西岡は、セットとして置いてある、大企業の社長室にでもあるような革張りの椅子に腰掛けた。中央に置かれた液晶モニターを挟んで、彼の向かい側にはナビゲーターである有名ジャーナリストが、そしてその隣には英美里が座っている。
 収録は経済番組らしく厳かな雰囲気で始まった。透子はその様子をスタッフに混じり、遠巻きに眺めていた。
 
 テレビに出演するといっても、流石に芸能人ではないのでメイクは施されていない。スタイリストによって軽く髪を整えてもらった程度だが、それでも西岡の容貌はシンプルなスタジオセットの中で際立っていた。英美里と並ぶとまさに、美男美女という言葉が相応しい。
 自分よりもよっぽど……。
 喉元まで出かかった己を貶める言葉を透子はすんでのところで飲み込んだ。彼から注がれた愛で満たされた心が、たとえ自分自身であっても己を否定することを許さなかった。
 
 透子はもう一度西岡へと目を向ける。
 ナビゲーターから会社設立の経緯を問われた西岡は、怜悧な顔つきでそれに答えていた。悠揚とした話しぶりが耳に心地よい。
 ふと、西岡の話に聞き入る英美里の姿も目に入る。真剣な表情をしているが、その眼差しには確かな熱が込められている。透子も同じ表情をしていることだろうから分かる。瞳ははっきりと西岡への好意を物語っていた。
 そのことに一抹の不安を覚え、透子は小さくため息を吐いた。
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