悪戯な魔法使い


 エリーは脱いだブラウスで自らの上半身を包みソファにうつ伏せた。しっとりとした革のソファに顔を埋めて、ナルムクツェが来るのを待つ。緊張でドクドクと高まる心臓の音を、エリーは必死で抑えつけた。

(男の人の前でこんなかっこなんかしたことないよ……しかもよりにもよって先生の前でなんて……。もうやだ、帰りたい)

 足をバタバタとさせていると、奥にある仮眠室のドアが開いた。

「始めるぞ」

 相変わらず淡々とした口調だった。コツコツと近付いてくるナルムクツェの足音が無機質で、これから起こることは彼にとってただの事務的な作業なのだと感じる。ナルムクツェには生徒の身の安全を守る義務があるのだ。学院に籍を置く一教員として、呪詛を受けた生徒をそのままにしておく訳にはいかない。あくまでも教師と生徒。今はそれ以上でもそれ以下でもない。エリーが勝手に緊張しているだけだ。
 
「聞いてんのか。寝るなよ」

 エリーは顔を上げずにこくりと頷いた。
 服を脱いでいるというだけで妙に心細く弱気になる。だがナルムクツェの声色は普段と何も変わらない。女性の武器とも言える素肌をむき出しにすることになっても、恋愛対象として見て貰えない現実に直面して惨めな気分だ。

 そっと顔を上げると、片膝を付いたナルムクツェがローテーブルに様々な魔道具を並べているところだった。後ろを向いているが、艷やかな黒髪と魔除けの長い銀のピアスがゆらゆらと揺れ、そこはかとなく色香が漂っている。まだ誰とも恋をしたことがないエリーには、その色香に(いざな)われた先でどんな景色が広がっているのか想像すらできなかった。
 誰が見ても美人なナルムクツェ。彼は簡単に手の届く存在ではない。今まで何度も、自分が婚約者であらねばならない理由を考えたが、答えはまったく分からなかった。

「先生……」

 ナルムクツェがエリーの方へ振り向くなり、神秘的な深い青の瞳が飛び込んでくる。幼い頃から変わらない、心を揺さぶられる大好きな瞳だ。そのままじっと見つめていると、ナルムクツェの目が僅かに見開かれた。

「そんな顔、どこで覚えてきた?」

「どんな顔ですか?」

「心当たりがないならいい」

「心当たり……? どういう意味ですか?」

 ナルムクツェがふん、と不敵に笑う。

「今はまだ早いな。もう少し大人になったら教えてやるよ」

「なっ……、それなら今言わないでください」

 エリーは再び、顔を伏せた。


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