悪戯な魔法使い
(また子ども扱いされた。なのにドキッとしちゃうのが悔しい。わたしに何も教える気なんかない癖に。子ども扱いされるのも冷たくあしらわれるのもどっちもやだ)
こちらの心情をちっとも察してくれないナルムクツェが腹立たしい。せめて、少しくらい女性として扱ってくれればいいのに。
そうしてモヤモヤとしているエリーのことなどどうでもいいというように、ナルムクツェは無造作にブラウスをめくった。肌がいきなり外気に晒され、ひんやりと冷たい。エリーは恥ずかしさのあまり、ぎゅっと唇を噛み締めた。
「おい、全部脱げって言っただろうが」
「下着も脱ぐんですか!?」
「何度も説明するのは時間の無駄だ。外すぞ」
エリーは下着を身に着けたままだった。まさか本当に全部脱がなければいけなかったとは。
「待っ……」
「待たない」
ナルムクツェはブラのホックを指で摘むと、呆気なく外してしまった。緩んだサイドベルトがエリーの背中で頼りなく散らばっている。顔が熱い。エリーは羞恥の念に今にも押しつぶされそうだった。
「か、勝手に……外さないでください」
「なら、さっさと自分で脱げよ」
エリーはナルムクツェを睨みつけた。
「そんな簡単に脱げるわけないじゃないですか! わたし、もう18歳ですよ。子どもじゃありません。人前で裸になるなんて恥ずかしいのは当たり前です。それとも、先生はわたしにこんなかっこをしていても、恥ずかしがらない大人になれって言うんですか? それって、どこかで慣れて来ればいいってことですか?」
「分かった分かった」
ナルムクツェは何度か頷き、軽く溜め息をついた。
聞き分けのない子どもだと言われたようで、エリーは眉を寄せる。
「何が分かったんです?」
「夢魔についてちゃんと説明しなかった俺が悪かった。急いでいた理由は二つある。夢魔は夜になればなるほど力を付ける特性を持っているから早く取り除いた方がいいと思ったのがまず一つ。あともう一つは、おまえの様子を見る限りかなり危ない状態で、今は一分一秒でも惜しい。だから急いでいるんだ、分かったか?」
「……分かりました」
「いい子だ」
(いい子って何よ……!)
エリーは顔をソファにぐりぐりと押し付け、への字に曲がった唇を隠した。こんな顔を見られたら、また子ども扱いをされるに違いない。そうすれば今よりも嫌な気分になるのは目に見えている。悔しいが、今は大人しく引き下がっておくのが懸命だろう。
「で、どうする? 自分で脱ぐか?」
「もう何でもいいです……先生が脱がせてください」
「分かった」
ナルムクツェの長い指がストラップに絡まり、肩の方までするりと滑っていく。力加減が絶妙だった。どう扱えば下着をすんなり外すことができるのかを熟知している。
「慣れてますね。普段から着けてるんですか?」
「……は?」
聞き慣れない間抜けな声が耳に届き、エリーは思わず笑みが零れた。今は顔を伏せているので見えないが、石膏のように硬いナルムクツェの無表情な顔を少しでも崩せた気がして嬉しい。
「だってあんまりにも扱い慣れてるので、もしかしたらと思って」
「それはない」
「ほんとですか?」
「あり得ない」
「じゃあ……どうしてこんなに……」
ナルムクツェは女性の下着の扱いに手慣れているのか。少し考え込んだ後、この話題を自ら振ったことをエリーは死ぬほど後悔した。顔の横できゅっと拳を握る。そんなエリーを見兼ねたのか、ナルムクツェはエリーの頭をぽんぽんと撫でた。
「右も左も分からない男がいいのか? おまえは」
「そんなの分かりません」
目頭に熱い涙が溜まり、今にも溢れ落ちそうになった。唇を噛み締めながら早く止まれと強く願う。
脳裏に過ぎったナルムクツェと知らない女性の姿を振り払うようにして、エリーはこっそりと涙を拭った。