一途な御曹司の甘い溺愛~クズ男製造機なのでお付き合いできません!~
六章 予期せぬ混迷
明けて月曜日――。
悠司のマンションに連泊した紗英は、早朝に自分の部屋に戻ってスーツへの着替えを済ませて出社した。
首回りには紺のスカーフを巻いている。
それも悠司が、首筋にキスマークをつけたからだ。
困るけれど、「紗英は俺のものだから」などと独占欲を滲ませられて、喜んでしまうのはどうしてだろう。
口元を緩ませた紗英はスカーフをいじりながらも、早足でフロアへ赴く。
車で一緒に行こうと悠司からは提案されたけれど、それではお泊まりが露見しかねないので断った。悠司はすでに出社しているだろう。
ところが、営業部のフロアに入ると、異変に気がつく。
電話のコール音が異常に鳴っているのだ。
「おはようございます……」
紗英の挨拶は鳴り響く電話の音でかき消された。
すでに出社している複数の社員が対応にあたっているが、とても手が回りきらない。
すべてのデスクの電話という電話がコール音を鳴らしている。こんなことは初めてだった。いったいなにが起こっているのだろう。
呆然としていた紗英に、木村が怒鳴り込んできた。
「どうするんですか⁉ 海東さんのせいですよ!」
「えっ、なに? なにが起こってるんですか?」
木村は責めるだけで、事情を説明することなく踵を返した。
課長のデスクに目を向けると、悠司も電話で話していた。
紗英は慌てて自分のデスクへ行き、鳴りっぱなしの電話を取る。
「お電話ありがとうございます。ベストシニアライフでございます」
『ちょっと! 伊豆の施設はどうなるんですか⁉ もうお金を払ってるのよ!』
電話の相手は紗英が担当した顧客だった。スムーズに契約を済ませたはずだが、かなり激高している。
「どうなるとは……入居日は来週でございますが」
『だから、施設が売り払われるんでしょ⁉』
「はっ? いえ、そのようなことはございません」
『なに言ってるのよ! おたくから届いたチラシに、そう書いてあるじゃない。だから解約を勧めるんじゃないの? うちも解約してちょうだい』
紗英は眉をひそめた。わけがわからない。
とにかく「事実を確認してからお電話をいたします」と告げて、電話を切る。
ところが受話器を置いたらすぐにコール音が鳴り出す。
紗英がまた電話に出ると、同じく伊豆の施設を契約した別の顧客からだった。
先ほどの人よりは冷静に事情を訊ねてきた顧客は、紗英になにが起こっているのか説明してくれた。
土地の所有権の事情により施設が売り払われることになったので、解約の手続きを申し立てしてくださいという旨が書かれた手紙が、ベストシニアライフから顧客宛てに郵送されてきたというのだ。
どうやら伊豆の施設の契約者全員に送られたらしい。知人同士で情報交換して、手紙の内容が本当らしいと確信した顧客たちは、出遅れたら返金が滞ると思い、すぐに解約しようと殺到してきたというわけである。
施設が売却されるだなんて、事実無根だ。
紗英は丁寧に説明して、電話を切った。
そして電話はまた鳴り出す。きりがない。
紗英は必死に対応した。伊豆の施設の契約者は、百名以上いる。その半分ほどが、紗英が担当した顧客なのである。
ほかの社員たちも懸命に電話対応している。だが、木村の迷惑そうな声が聞こえたので、ふとそちらに目を向けた。
彼女は「担当の海東に聞いてください」と言い捨てて、電話をガチャンと切った。あまりの対応の悪さに、紗英は電話の合間を縫って、木村に苦言を呈した。
「木村さん。確かに私の担当のお客様かもしれませんが、お客様が納得していないのに電話を切るのはやめてください」
「海東さんのお客でしょ。自分でなんとかしてくださいよ!」
木村に睨まれて、紗英は悲しくなった。
『なんでも自分でやりなさい』という呪いを、またここでも言われるなんて。
木村が忙しいときに、紗英が仕事を手伝ってあげたこともあるのだが、彼女はそんなことはすっかり忘れているのかもしれない。そういえば彼女は文句はたくさん言うのだが、礼を言ったことはなかった。
悠司のマンションに連泊した紗英は、早朝に自分の部屋に戻ってスーツへの着替えを済ませて出社した。
首回りには紺のスカーフを巻いている。
それも悠司が、首筋にキスマークをつけたからだ。
困るけれど、「紗英は俺のものだから」などと独占欲を滲ませられて、喜んでしまうのはどうしてだろう。
口元を緩ませた紗英はスカーフをいじりながらも、早足でフロアへ赴く。
車で一緒に行こうと悠司からは提案されたけれど、それではお泊まりが露見しかねないので断った。悠司はすでに出社しているだろう。
ところが、営業部のフロアに入ると、異変に気がつく。
電話のコール音が異常に鳴っているのだ。
「おはようございます……」
紗英の挨拶は鳴り響く電話の音でかき消された。
すでに出社している複数の社員が対応にあたっているが、とても手が回りきらない。
すべてのデスクの電話という電話がコール音を鳴らしている。こんなことは初めてだった。いったいなにが起こっているのだろう。
呆然としていた紗英に、木村が怒鳴り込んできた。
「どうするんですか⁉ 海東さんのせいですよ!」
「えっ、なに? なにが起こってるんですか?」
木村は責めるだけで、事情を説明することなく踵を返した。
課長のデスクに目を向けると、悠司も電話で話していた。
紗英は慌てて自分のデスクへ行き、鳴りっぱなしの電話を取る。
「お電話ありがとうございます。ベストシニアライフでございます」
『ちょっと! 伊豆の施設はどうなるんですか⁉ もうお金を払ってるのよ!』
電話の相手は紗英が担当した顧客だった。スムーズに契約を済ませたはずだが、かなり激高している。
「どうなるとは……入居日は来週でございますが」
『だから、施設が売り払われるんでしょ⁉』
「はっ? いえ、そのようなことはございません」
『なに言ってるのよ! おたくから届いたチラシに、そう書いてあるじゃない。だから解約を勧めるんじゃないの? うちも解約してちょうだい』
紗英は眉をひそめた。わけがわからない。
とにかく「事実を確認してからお電話をいたします」と告げて、電話を切る。
ところが受話器を置いたらすぐにコール音が鳴り出す。
紗英がまた電話に出ると、同じく伊豆の施設を契約した別の顧客からだった。
先ほどの人よりは冷静に事情を訊ねてきた顧客は、紗英になにが起こっているのか説明してくれた。
土地の所有権の事情により施設が売り払われることになったので、解約の手続きを申し立てしてくださいという旨が書かれた手紙が、ベストシニアライフから顧客宛てに郵送されてきたというのだ。
どうやら伊豆の施設の契約者全員に送られたらしい。知人同士で情報交換して、手紙の内容が本当らしいと確信した顧客たちは、出遅れたら返金が滞ると思い、すぐに解約しようと殺到してきたというわけである。
施設が売却されるだなんて、事実無根だ。
紗英は丁寧に説明して、電話を切った。
そして電話はまた鳴り出す。きりがない。
紗英は必死に対応した。伊豆の施設の契約者は、百名以上いる。その半分ほどが、紗英が担当した顧客なのである。
ほかの社員たちも懸命に電話対応している。だが、木村の迷惑そうな声が聞こえたので、ふとそちらに目を向けた。
彼女は「担当の海東に聞いてください」と言い捨てて、電話をガチャンと切った。あまりの対応の悪さに、紗英は電話の合間を縫って、木村に苦言を呈した。
「木村さん。確かに私の担当のお客様かもしれませんが、お客様が納得していないのに電話を切るのはやめてください」
「海東さんのお客でしょ。自分でなんとかしてくださいよ!」
木村に睨まれて、紗英は悲しくなった。
『なんでも自分でやりなさい』という呪いを、またここでも言われるなんて。
木村が忙しいときに、紗英が仕事を手伝ってあげたこともあるのだが、彼女はそんなことはすっかり忘れているのかもしれない。そういえば彼女は文句はたくさん言うのだが、礼を言ったことはなかった。